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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
異世界勇者の解呪魔法
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337回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 141:バトルフィールド(10)

「どうなってんだよこの森は!」

 森の中でドルフの声が響いた。

「目に見える範囲にいたジョッシュに追いつけないなんて、それどころか、進んでも進んでも終わりが見えねぇ」

 遠くから見た時より明らかに大きく、深い森の闇を見つめながら、ある考えがドルフによぎった。

「まさかあいつが混沌侵食で結界化してんのか?そんな事できるオブジェクト使いなんて聞いた事ねぇぞ」

 もしその考えが事実だったとして、それは彼にとって好ましいこととは言えなかった。オブジェクトは使えば使うほど使い手の体を蝕んで、最後には使い手自身がオブジェクトに取り込まれて消えてしまう。そんな噂を以前耳にしたからだ。

「全く世話の焼ける……」

 言葉を言いかけてドルフは馬を止め、あたりの匂いを嗅ぎ始めた。

「血の匂いがする、ジョッシュの匂いもだ。ここにいるのか?」

 ドルフは馬を降り、弓を構えて矢をつがえ、森の奥を見つめる。彼はそこから微かなジョッシュの気配を感じていた。

「あれが使えれば、もしかしたら」

 そうひとりごちると、深い闇の向こうに狙いを定め弦を引き絞る。

 風に草木が騒めき、彼の足元の草花が黒く染まって、その範囲が広がっていく。

「うまくいってくれよ」

 そう呟きドルフは矢を放った。


---


 燃え盛る森の中で僕は蛇獣人カガチの巨体から繰り出される攻撃から身を守るので精一杯になっていた。


 周りの木々の延焼でピット器官は使えない。蛇の視覚は60度、視力はあまり良くない。

 僕は体力が底をつく前に勝負に出ることにした。

 燃え尽き倒れた木の影に隠れて移動して、カガチの死角から飛び出し、山刀の一撃を振り下ろす。しかし刃が届く前に彼の尻尾が僕の体を打ちつけ、木に叩きつけた。

「ぐはっ!」

 その衝撃で肺から空気が吐き出され目眩がした。今意識を手放したら、僕は二度と目覚めることはない。歯を食いしばり痛みに耐えていると、空中に投げ出された僕の体をカガチの巨体が締め上げ始めた。


 全身の骨が軋み、締め付けられた肉が潰れて激痛が走る。叫び出すのを堪えながら僕は左腕の自由を確認し、カガチの顔を凝視する。

 カガチは僕を丸呑みにしようと口を開けた。

「見つけた!」

 僕は左腕に咲かせた異形の花をカガチの口の中に左手ごとねじ込む。

「ぎゃあぁあアッ!!」

 カガチは叫び声を上げ、僕の拘束を緩め、その隙に僕はオブジェクトで自身の足に蔦を絡めて体を勢いよく引き抜いた。

 カガチは鬼のような形相で僕を睨みつける。

 蛇の口の中には嗅覚を司るヤコブソン器官がある、僕は左腕に見た目がエイリアンで強烈な悪臭を放つヒドノラという花を咲かせてそれを見舞ったのだ。


 なんとか距離は離す事はできたが、カガチは周りが焼けていても熱で動きを探知できるようだ。単純な距離を測る能力が強すぎてかわされる、死角も使えない。

 地面の振動で障害物があってもこちらを捕らえられて、木ごと尻尾でなぎ倒されてしまう。


 僕は迫りくるカガチの攻撃に対抗するために山刀を構えた。

 彼の攻撃の速度で動くため、山刀の腹でカガチの大刀の一撃を受け止めながら逸らし、敵の姿勢が整う前に山刀を跳ね上げて切り裂く。

 僕の一閃がカガチの手首を切り裂き、彼は手にしていた大刀を地面に落とした。

 

「もう一撃!」

 懐に飛び込み、急所に向かい発勁を使った山刀の突きを放った。

「調子に乗るな!小僧ッ!!」

 攻撃が当たる直前、カガチの尻尾を支点にした蹴りを腹に食い、空に浮いた僕の体をカガチの尻尾が強かに打ち付けた。丸太で殴られたような衝撃で声にならない声をあげながら、僕は空を何度も回転しながら吹き飛ばされた。

 地面に体が打ち付けられ、なお衝撃で転がりながら、僕は山刀と僕を繋いでいるロープが火で焼き切れるのを見た。



 弾かれた山刀をとりに行く余裕もない。動きが早くてオブジェクトも通じない。

 反射神経も運動神経も全て相手が上だ、見ていてはこちらの反応が間に合わない。一か八か、僕は起き上がると同時にカガチに向かい走り出した。


 カガチの尻尾が鞭のように迫る、それをスライディングでかわす、しかし尻尾が通り過ぎ開けた視界にカガチの左からの回し蹴りが迫っていた。

 僕はオブジェクトで足元に高速で木を生やし、それを使って大きく飛ぶ。カガチの蹴りは生やした木を粉砕した。

 枝を蹴り、木々の合間を縫って上空からカガチの背中に迫る。だがそれも察知されカガチはバク転をしながら蹴りで空中の僕をはたき落とした。


 骨の折れる音、肋骨がいくつかやられた。咳ごみ口から血が溢れる。勝ち誇ったように僕を見るカガチ、僕は体を起こし、彼の体に左手を触れると「捕まえた」と呟き笑って見せた。


 カガチが拳を振り上げとどめの一撃を僕に見舞おうとした。しかしそれは空振りに終わった。

「気が緩んでいたようだ、だが次は当てる」

 そう言って今度は右足でかかと落としを仕掛けてきた、しかしそれも僕はなんなく交わし、そして左手を彼の体につける。

 

 繰り返されるカガチの攻撃の全てを、僕は左手から伝わる彼の体の動きで察知して回避した。

 聴勁と呼ばれる技だ、僕の左手が彼の体にピッタリと張り付いたような状態にカガチは困惑した。


「リズムが掴めた」

 僕はそう呟くとカガチの攻撃の合間を縫って、左足を前に出し体捌きをし、右足の地を叩くドシンという音と共に震脚を行い、そこから生じた衝撃を突き出した右肘を通じてカガチの背中に打ち込んだ。


 浅い、骨は折れなかった。でも動きは弱まっている。今のうちに攻め切るにはどうしたらいい?僕は考える。


 力が欲しい、みんなを守るための強い力が。

 セナと戦った時、頭はぼんやりしてたけど、僕は分身みたいなものを出してた、あの時の力があれば。


 カガチの拳が僕の眼前に迫っていた。

「終わりだ小僧!」

「うおおぉお!!」

 僕はその拳を左拳で受け止め、衝撃を全身のバネに伝播させ、震脚、ドシンッと地面が弾け飛び、自らの力に転化された衝撃に加速加え、カガチの剥き出しの腹部に掌底を放った。

 相手の力を利用した発勁が炸裂する。地面に足がめり込み、耐えがたい負荷に全身の骨が軋み、僕は口から血反吐を吐いた。しかし構わず僕は全力でその一撃を敵に抉り込む。これで決め切らなければ僕は負ける。


 僕はその時敵の左右後方に二人の人影があるのが見えた。そしてそれはまるで僕の動きをトレースするかのように同時に技を放ったのだ。

 カガチに対する三点から内臓への圧縮打撃を加えた確かな手応え。持てる力を尽くして踏み込み更に深く相手の内臓に掌底を埋没させる。

 僕の体はカガチの筋肉に押し返され背後に吹き飛ばされた。

 地面を勢いよく転がり、木に体を強かに打ち付けて回転が止まった。

「うっ、うう……」

 全身の筋肉が痺れていうことをきかず、その場から動くことすらままならない。

 なんとか上半身を起こして目を開けると、ゆらりと、カガチが僕を睨みつけ、一歩こちらに踏み出した。

 もうダメかと覚悟した、その時。

 カガチの動きが止まり、大きく体を弛緩させると、彼は上を仰ぎ口から噴水のように血を吹き出し白目を剥いて倒れた。

 起き上がり彼の様子を見ると、舌を出し泡を吹きながらその巨体を痙攣させていた。


「勝った、のか?」

 燃えた木々が崩れて上から落ちてくる中、僕は木々の焼ける音に混ざった、微かな物音に気づき振り返る。

「は……はは」

 思わず乾いた笑いが出た。

 そこには新たに五人の蛇獣人の姿があった。彼らは巨大な針を槍のように構え、今にも僕に飛びかからんとしていた。


 一人目の突撃が右腕を擦り、二人目の攻撃をかろうじて交わして、こめかみを蹴り飛ばし。三人目からの攻撃が首に迫り、敵の懐に踏み込み敵の顎を右肘で打ち上げ、のけぞった相手の鳩尾に、左の掌底を当て寸勁を放ち吹き飛ばす。


 足に力が入らず、僕はガクンと倒れそうになった。背後に二人の気配と二つの巨大な針が迫る。死を覚悟して目を閉じた。

 僕の顔の真横を何かが高速で通り抜け、後ろで「ギャッ」と声がした。

 目を開くと、炎の合間の闇の奥から、何かがさらに高速で僕の横を通り過ぎ、背後にいた残り一人の蛇獣人の眉間を撃ち抜いていた。

 蛇獣人の眉間に刺さった矢には見覚えがあった。


「ようやく追いついたぜ」

 その声は闇の中から聞こえた。僕は闇の中にぼんやりと見え始めた人影に向かい、おぼつかない足取りで数歩進み、つまづき倒れた。


 僕を抱きとめる腕、その匂いを僕は知っている。

「また派手にやられたなぁ、無茶ばっかりしやがってこいつ」

 彼の声を聞いて僕は泣きそうな気持ちになった。

 涙目の僕の頭をドルフは苦笑いしながらぐしぐしと乱暴に撫で回した。

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