329回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 133:バトルフィールド(2)
『ねぇジョッシュ、それなに?』
パットの問いに僕は山刀と僕のベルトを繋いだロープを握る。
「これは僕の秘密兵器だよ」
『ただのロープにしか見えないけど』
「織田信長って武将がいてね、彼は戦にあたっていろいろ工夫して勝利を掴んでるんだ。信長のやったのは刀にストラップをつけて手首にそれを掛けて、馬上での斬り合いで手を滑らせた時に、刀を地面に落とさないようにしたってアイディアなんだけど、それを参考にアレンジしてみました」
「おいジョッシュ、あれどうする?」
ドルフに示された場所を見ると、川辺を逃げるキャラバンの一団と、それを追いかけるオークの分隊の姿が見えた。その数は8、僕らでもなんとかなりそうな人数だ。
「行こう!」
そう言って僕は馬を川辺に向けて走らせ、山刀を引き抜く。キャラバンの御者が汗だくな顔で僕を見る。
「ここは引き受けた!そのまま全速力で走って!!」
動揺している御者の代わりにドルフが荷馬車の馬に鞭を打ちつけ走らせ、御者は我に帰ると綱を握りしめ馬を走らせた。
馬に乗ったオークが3人僕に向かってくる、1人は槍を構えて突進してきた。僕は目前まで迫った槍に向かって山刀を投げつけ、ロープで槍を絡め、馬から飛び降り空中でオークの延髄に蹴りを入れ、オークの乗っていた馬に乗り換えながら、ロープを繰り、槍を近くに迫っていたもう1人のオークの槍に投げつける。
槍の軌道が逸れて出来た隙間に上半身を仰向けにしてねじ込むと、馬が地面を蹴るタイミングに合わせ、オークの槍を突き出した左腕を右手で掴み下に引き込みながら、左肘をオークの脇の下にえぐり込む大纏崩捶を撃ち抜く。
オークの肋骨がへし折れ肘がめり込む感触がした、僕は体を回転させオークの背中を蹴り、指笛を吹いて駆け寄ってきた僕の馬に飛び乗ると、ロープを引き、3人目のオークの剣の攻撃の進路にロープを引き込む。
僕はロープを両手で掴んで引っ張り、剣の腹に伸ばしたロープを当てて攻撃の進路を逸らせると、山刀を掴んでオークの右手の腱を切り裂いた。
オークは馬から転げ落ち悲鳴を上げながら僕を恨めしげに怒りのこもった目で睨みつけた。
その背後からドルフが迫り、両刃弓でオークの首を跳ねる。僕は思わず目を背けた。
「気を逸らすな死ぬぞ!」
ドルフはそう叫びながら、弓を構える。殺気を感じて背後を見ると、川から半魚人が5人飛び出して、手にした銛を僕に投げつけようとしていた。
1人、2人、ドルフの矢が眉間を撃ち抜く。
残り3人の投げた銛の1本を山刀で弾いたが、1本が馬ををかすめ、最後の一本を辛うじて弾いた僕は驚いて立ち上がった馬に振り落とされてしまった。
次々に川から上がってくる半魚人の攻撃の対処で仲間達は動けない。3人に囲まれながら、僕はキルシュにもらった花の種の入ったお守りを握りしめる。彼女はお守りを渡すときにおまじないを教えてくれた。お守りを握った後に怖くないと三回唱えたら恐怖が消えるのだと。
半魚人達が腰から引き抜いた半月刀を手に迫る。
3人の攻撃の軌道を読み、怖くないと頭の中で唱えて敵に向かって踏み込む。斬撃が肩をかすめる中、鳩尾に向かい挑打頂肘で肘を抉り込む。
ガハッと涎を吐き出す半魚人、残り2人の返す刃が背に迫る。
怖くない、そう頭の中で唱えて僕は右足でロープを繰り山刀で一撃を凌ぎ、同時に放った左足の蹴りで半魚人の喉元を撃ち抜き吹き飛ばす。
その姿勢の隙をついた更なる一撃が迫る、怖くない、頭の中でそう唱えると、視界が一気にひらけて意識が研ぎ澄まされ、敵の動きがゆっくりに見えた。僕は右足で地面を蹴り、左手を地面につけて軸にして左後方回し蹴りで半魚人の斬撃を蹴り飛ばすと、ロープを右手に巻き付け引き寄せた山刀で半魚人の体を袈裟斬りにした。
命を奪った感触。脳裏にグレッグや闇ギルドのらみんなの顔が浮かんで、罪悪感で吐きそうになった。
「ジョッシュ!大丈夫か!?」
僕は返り血のついた自分の体を見て、駆け寄ってきたドルフに大丈夫だよと笑って見せる。
「馬鹿野郎、お前が自覚してねえだけだ」
「馬鹿って酷いなぁ、それになんで抱きしめるの?」
疑問に思いながら、山刀が地面に落ちる音で、僕は自分の手が震えて、物が思うようにつかめなくなっていることに気づいた。
「お前やっぱり帰れ、ここはお前には向いてねえ」
「それは……ダメだよ、やるべき事があるんだ」
「お前が壊れちまったらどうしたらいいんだ、俺は」
ドルフの声がなんだか悲痛で、僕はいたたまれない気持ちになってしまった。
「ねぇドルフ、どうかしたの?なに言ってるのかわからないよ」
「そうか、……そうだよな。わりい」
ドルフは不思議と僕に向かって寂しそうな顔をした。
「ドルフ、もしかして僕になにか隠してる?」
「俺がこそこそ隠し事なんかするかよ、急ぐぞ」
「もう、自分が引き止めたくせに」
ドルフに抱きしめられていたからか、もう体の震えは止まっていた。馬に乗り換えながら僕は妙な感覚に戸惑っていた。
なんだろう、ドルフの背中を見ていると、何故か胸がざわつく。
その気持ちがなんなのか確かめる時間もなく、ドルフは馬を走らせる。
「まってドルフ、一人で行かないで!」
その時の僕には彼と離れないようについて行くことしかできなかった。彼のその態度の理由を知るのは、この戦いの後になってからだった。




