323回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 128:嵐までの七日間(6-9)
シバは鏡に映る自分が犬獣人の姿になっているのを見て目を丸くし、顔に手をあて青ざめた顔をする。
「モンスターだ!」
男の子はそう叫ぶとダーマの影に隠れ、シバを睨み付けた。
「お、おばちゃん。俺……違うんだ、俺……」
シバは今にも泣き出しそうな顔をしてうつむく。その様子は自分の正体を知ったダーマの表情を見たくないかのようだった。
「お前が悪いんだ、お前らがいなきゃ、お父さんとお母さんはいなくなったりしなかった!」
シバが体を弛緩させ見た事のない顔をした、目を見開き、悲しみで顔を歪めて、それでも彼は歯を食いしばり男の子の言葉を受け止めようとする。
黒い肉塊がシバの横に生まれ、みるみるうちに大きくなって笑い声をあげる。
それは憎悪によってねじ曲げられていく子供達の心を嘲笑うようだった。
シバの横でもう一人のシバとなった肉塊が彼に耳元で囁く、そのたびにシバの目から涙が溢れ、絶望で表情が塗りつぶされていくのがわかった。
「違うよ、それは違う!」
「違わない!」
僕が割り込もうとするが、男の子は血走った目で僕を否定した。
「こんな奴死んじゃえばいいんだ!早く大人に言って殺してもらわなきゃ!!」
そう言うと彼はダーマの目の前に立ち、シバを指さしながら叫ぶ。
「ねえおばさん!モンスターが」
そう言いかけた彼の頬をダーマが叩いた。
男の子は大きな声で泣き出し、そんな彼をダーマは抱きしめる。
「辛かったろ、悲しかっただろう、気持ちを誰に向けたらいいかわからないよね」
彼女の向こう側にダーマとドルマとそして恐らく彼女達の息子が描かれた肖像が見えて僕は息を飲む。
「だけど本当はわかってるよね、シバが悪いんじゃないって」
そういって男の子の顔を優しい顔でダーマは見つめる。男の子は唇を噛み、彼女の話を聞くために泣くのを堪えているようだった。
「それなのにあの子を責めたら可哀想だ。あんたがシバを可哀想にしてる、それはわかるかい?」
ダーマの言葉に視線を落としながら、男の子は小さくうなづく。
「謝ろうか」
男の子は首を横に振る。
「後になってからじゃ遅い、今じゃなきゃもう謝れなくなるんだよ」
ダーマの言葉に男の子はシバを見る。その瞳に映る人とは違う存在としてのシバの姿、しかし彼は意を決して言葉を出した。
「ごめんなさい……」
「よく謝れたね、偉いじゃないか」
ダーマは男の子の頭を優しくぽんぽんと叩くと、ゆっくりとシバに近づき、しゃがみ込んだ。
「あーあ、なんで顔してんだい」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったシバの顔を彼女はハンカチで拭いてやると、優しい顔をして彼のタグを手にしたまま立ちすくんでいた僕に手を差し出した。
タグを渡すと彼女は紐を結び直してシバの首にそれをかけてやった。
黒い肉塊の影響なのか、タグのミスリルが少ないからなのか、シバの姿はまだ犬の姿のままなのが鏡を見てわかる。
「笑っておくれよ、私はあんたの笑顔が大好きなんだ」
そういって涙を拭われ、シバはぎこちなく笑う。
「良い子だねぇあんたは、小さい子のためにいつも我慢して偉い子だ」
抱きしめられて頭を撫でられシバは堪えきれなくなり、大粒の涙を流しながら泣いた。
「知ってたんですか?」
僕がそう訪ねると、ダーマは静かに優しい表情をして答える。
「まぁ、薄々とね」
シバはダーマの顔を舐めはじめた。
「こらっやだよあんた、まるで犬みたいじゃないか!」
親愛の情を込めてシバはダーマの顔を舐め回し、尻尾を振って、いつもの見る者の心を和ませる笑顔を見せた。
黒い肉塊は空に消え去り、僕は胸を撫で下ろす。
「ぼくも撫でて良い?」
戸惑いながらもそういう男の子にシバはうなづき頭を差し出す。
シバの頭を撫でながら男の子はその触り心地の気持ちよさに顔をほころばせ、わぁと声を上げて撫で始め、シバも気持ち良さそうな顔をして尻尾を振るのだった。




