318回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 123:嵐までの七日間(6-4)
彼は闇市一帯を眺めると僕に視線を移し、襟元に指をかけると挑戦的な表情で僕を見た。
「やぁ、君だろう?近頃私の都市を騒がせている冒険者っていうのは」
そう言って彼はゆっくりと僕に向かって歩き始める。
「困る、困るなぁ勝手なことをされては」
誰に気を止める様子もなく真っ直ぐ歩く彼の前を遮る者は誰もいない、荒くれ者ばかりのこの場所で、まるでフラッシュモブでも見ているかのように、人の流れは彼のためにあるかのように動いていた。
「君のようなちっぽけな存在が、私の邪魔をしてはいけない。虫けらは身分を弁えるものだよ?」
僕の目の前に立った彼は、上品な服装、身のこなしに、さりげない香水と完璧な好印象には似つかわしくない言葉を臆面もなく話す。
それから彼はつらつらと、僕に対する罵詈雑言を並べ立て始めた。
奇妙な男だった。
話している事は不快感しかないような内容なのに、どうしても彼に対して良い印象しか抱けない。
それは話し方、しぐさ、表情。そのすべてがこちらの心情の波を捉えるように繰り出され、心の動きを彼に支配されているからだと僕は気づく。他人に物の感じ方を操られる気持ちの悪さに吐き気を覚え、毒のように蝕むそれが思考にまで浸食してくるのを感じた。
そして彼は僕の心にナイフを突き立てる。
「君は空っぽだ、私にはそう見える」
僕は元いた世界での日々を思い出した。
あの世界での僕にはなにもなかった、周りには誰もいなくて、いつも一人だった。
他人と何かが違っている、その違いがなにか自分ではわからないまま、僕は気が付くと落伍者の烙印を押されていた。
人間の世界にはルールがある。ルールがなければ人は社会を形成できないからだ。そしてルールを継続するため、子供は品質テストを受けさせられる。
大人達の用意したレールの上を正しい道を選びながら歩けなければ、失敗作として全てに見放される。端的に言えば僕は失敗して、否定され、社会から切り離されて生きることになった。
そしてそんな僕は死ぬときも、一人だった。
「図星かな?」
男はニコニコと嫌みなくらい感じの良い表情で僕の目をのぞき込む。僕は彼を睨み付けた。
「心は折れていないようだね」
彼は気に食わないなと小さな声でいう、そういう割には楽しそうな顔で。
たしかに空っぽだったかもしれない、だけど僕はこの世界でグレッグと会った。
僕のことで僕の一言一句でころころと変わる表情を変える彼の存在が、何もないと思っていた僕を変えてくれた。
僕はたくさんの人に否定されて生きてきた、だけど恐らく、そうして生きていくことで僕自身も周りを否定するのが普通になっていた。
そんな僕のありがとうって一言で、あんなに喜んでくれたグレッグをきっかけに、僕は僕の中の孤独に対して少しずつ向き合えるようになっていったんだ。
グレックと過ごした日々、そして今僕には仲間がいる、もう一人じゃない。
だから、僕を否定して利用しようとする者が現れたって怖くはない。
「お前の望むようにはさせないぞ」
僕ははっきりと、男に対してそう言った。




