313回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 118:嵐までの七日間(5-4)
殺した?キルシュがリックのお兄さんを?
たしかリックのお兄さんは、オブジェクトを奪おうとした都市の人間達によって殺されたって話だったはずだ。
信じがたかった、でも彼女の表情はとても嘘を言っているように思えない。なにより、僕にそんな話をするという覚悟が、その真剣さを物語っている。
「詳しく話を聞かせて貰ってもいいかな」
少なくとも彼女は救いを求めている、その助けになれるならと僕は静かに言葉を口にした。キルシュはゆっくりと話し始めた。
キルシュは元々ブロードへインから三日ほど山を越えた先にある、モンスターの小国に暮らしていた。その小国は七獣将の一人であるキルシュの父の治める国であり、父が生きていた頃は平和に暮らせていたのだという。
リックと彼の兄ギャビンとはその頃からの友達だった。
二人の父であるジャレドさんはその頃、大罪魔法を抜きにすれば七獣将に匹敵するといわれる名高い武将で、小国に置いてもキルシュの父の信頼のできる戦仲間だった。そのため幼い頃から家族同然の付き合いをしてきた仲だったのだという。
異変が起きたのは魔王が倒れ、その戦いでキルシュの父が亡くなり、今の魔王軍達がモンスター達の保護をすると言って小国に押し入り、その権力を奪い取ってからだった。
彼らはキルシュの父の血脈のモンスター全てに拷問をしはじめたのだ。
その目的は大罪魔法の発現。拷問を連日受け続けた者達は、一人また一人と減っていったという。
衰弱して死に、発狂して死に、自ら命をたつものまでいた。
そして最後に残された小さな子供であるキルシュにもその手が伸ばされ、その時の拷問でキルシュの目は見えなくなったのだという。
自らの死期を悟ったキルシュは、ギャビンに自分を連れて逃げて。と、そう頼んだ。
その理由は助かりたかったわけじゃなく、二人が羨ましかったからだと、彼女は言った。
リックとずっと一緒にいられさえすれば、彼女は自分がどうなろうと構わないと思っていた。
だけどギャビンが魔王軍から子供達を救い出すためにリックも連れて行くという。それが彼女には許せなかった。
自分が一緒に行けば、彼らに危険が及ぶということを彼女は知っていた。それなのに彼女は彼に助けを求めてしまった。ギャビンや子供達に嫉妬して過ちを犯したと、彼女はそう言った。
「私だけが死ねばよかった、それで……終わる話だったの」
僕はそう言ったキルシュの口に人差し指をあてた。
「それは違うよ、君だって一緒に行く権利はあった。だからギャビンとリックは君を一緒に連れて行くことを選んだんだ」
「でも私は……リックが欲しかった。彼と一緒にいられるみんなに嫉妬した」
私は悪い子だわ。そう言うと彼女の瞳の色が黒よりも深い絶望の色に染まり、周囲の空間がゆがみ、彼女を中心にあらゆる物の形がひしゃげ、存在が悲鳴を上げるような精神を蝕む音と光景があたりを支配し始めた。
『これが彼女の大罪魔法の力、嫉妬の大罪魔法か』
キルシュは彼女の足下から現れた黒い粘液のような奔流に飲み込まれていく。僕は彼女に手を伸ばした。
『危険だ!ジョッシュ!!』
「大丈夫」
僕の指が彼女の涙に触れる。
「大丈夫だよキルシュ、君は一人じゃない」
粘液が彼女の体を伝い僕の腕に侵食し始めた。
「無駄よ、なにもかも意味がないの。こんな醜い私じゃ……誰も愛してなんてくれないもの」
僕の体の大半を粘液が包み混み、飲み込まれた部分が痺れて思うように動かせない。だけど僕は彼女に笑ってみせる。僕にしか気づけなかった事がある。子供達にキルシュから放たれた黒い虫の影響があった理由。それを彼女に伝えなきゃいけない。
「みんな君のことを守りたいと思ってる、だから君の力の影響を受けた。本当は君だって感じてるんじゃないのか?」
世界の悲鳴が止まる。
「でも私の心は世界をこんなにしてしまう、私はどうしたらいいの」
「その痛みを覚えておいて。君が自分の後悔と向き合う限り、その痛みが君を導いてくれる」
黒い粘液の奔流が収まり、周囲の空間のゆがみも静まっていく。まるで彼女の心境を表しているように。
「嫉妬だって君が言うほどそんな悪い感情なんかじゃないよ。問題はその気持ちをどう扱うか、そしてどう行動していくかだ」
「あなたは私のことを、許して……くれるの?」
「僕は君の味方だよ、リックも、みんなだってそうだ」
キルシュの姿が元に戻っていく、花の鈴のような音が彼女を励ますように鳴り響き始めた。
僕は彼女を抱きしめ、頭を撫でる。白い兎の姿をした小さな女の子、少し不器用で、だけど優しい彼女の心を温めるために。
「みんなと一緒に見つけていこう。誰だって同じなんだ、みんな自分の心とどう生きていけばいいのか探してる。君と同じように」
自分のことを醜いだなんて言わないで。僕がそう言うと、彼女は小さくて可愛らしい声で泣き始めた。もうあたりの景色は暗闇すら消えて、暖かな日常の光景を取り戻していた。




