309回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 114:嵐までの七日間(4-10)
リックがダーマの酒場にやってくると、酒場から覆面姿の男達が現れて、モンスターの子供達を連れていく様子が見えた。
「領主の奴もう新手を送ってきたのか!?」
そういってキルシュを下ろし、臨戦態勢に入ったリックの前にマックスが顔を出した。
「お二人とも無事にお戻りになられてよかった」
「兵士さんどいてくれ、みんなを助けないと!」
「?ああ、彼らですか。風体はこの上なく不審ですが、大丈夫、味方ですよ」
そう言うとマックスは覆面の男達に手を上げ、それに気づいた男達もマックス達に向かって手を上げて見せた。
「ちょうど貴方方が戻られて良かった、一緒に行きましょう」
そう言って歩き出したマックスの後ろをついていくリックとキルシュ。
「行くって、どこに?」
「貴方方の新しい隠れ家です」
そういうとマックスはリックを振り返り、少し楽しそうな顔で笑った。
人目につかないように裏路地から裏路地へと、高い壁のようになった建物に囲まれた、狭くかび臭く薄暗い道を進んでいく。
こんな所を普通の人間が一人で歩いていたら、確実にひったくりや強盗に襲われそうだとリックは思った。
実際こちらを見下ろしている何人かの人間や、通りすがった筋肉をひけらかすような格好をした厳つい顔の男が、子供達に同行する覆面の男達を見て残念そうに舌打ちしたり、唾を吐いて悪態をついたりしていた。
覆面の男達は横穴のような階段を下って、その先のいろんな武器による切り傷が刻まれ、取っ手が破壊されたドアの前にやってきた。
「あーこの間の抗争でぶっ壊れてたの忘れてた」
覆面男の一人がそう言うと、腰に下げていた投げ斧をドアに叩き付け、それをドアノブ代わりにして扉を開く。そして彼はうやうやしく子供達を中に招き入れる仕草をして見せた。
中の様子はこんな場所にしては意外と整っていて、掃除をすればなにか店でもやれそうな雰囲気があった。というか実際以前は店をやっていたのだろう、家具や調度品などにそんな面影が残されている。
「にしてもなんか立地のガラが悪すぎない?」
率直に疑問に思ったことを口にするリック。
「ケッ近頃のガキは生意気だけは一人前だな」
「秘密基地みたいでワクワクしますね」
なぜかマックスのテンションが微妙に高い、そしてなにより子供達が新しい我が家に大喜びだった。
「みんなは満足みたいだな、やれやれ。キルシュはどう?」
「……私は、一緒なら、どこでも……いいよ?」
そう言って彼女は見えないはずの瞳をリックに向ける。そんな彼女の頭を撫でるリック。キルシュは少し残念そうな顔をして、目を伏せ、彼の服の裾を小さくひねった。
「ああっキルシュ!それに兄貴も!!よくご無事で!!」
リックとキルシュの元に駆け寄りってきたシバは、尻尾を勢いよく振りながら感無量といった顔で涙を拭う。
「シバ、キルシュを頼む。俺は少し外の空気を吸ってくるから」
「承知しました!」
シバは大げさに胸を叩くとニカッと笑って見せた。彼のこういう気さくな所にリックはいつも救われている。
リックが秘密基地を出ると、外で見張り番をしていた覆面男の一人が彼に声をかけた。
「俺らの縄張りから出ないように気をつけろ、そこにある印が違う場所からはすぐ逃げるんだぞ」
「心配しなくても俺は面倒は起こさないよ」
そう言うとリックは周囲を見回し、このあたりを一望できそうな建物に目星をつけると、そこにパルクールで向かった。彼が建物の屋根に上りあたりを見ると、すっかり景色は夕焼け色に染まっていた。
「かっこつけてヘマやらかしたりなんてしてねえよな、あいつ……」
戻ってこない彼の事を考え、リックは少し胸が痛む。
「どうしたのこんなとこで」
背後からリックに声をかける男がいた。彼は少し驚いたが、振り向かず返事をする。
「お人好しで間抜けな奴が迷子になってないか見張ってたんだ」
「ご挨拶だなぁ、間抜けは余分だよ」
その声のトーンで彼がどんな顔でむくれているのかたやすく想像できて、リックは少し笑った。
「俺一人でなんとかできたんだ、礼なんて言わないからな」
そういったリックに、男は穏やかで優しい声で答える。
「いいよ、これは僕のお節介だから」
「この通りを真っ直ぐ行くと入り口に覆面のおっさんが二人いるとこが俺たちの新しいアジトだから」
そう言い残すとリックは屋根から飛び降り、忍者のような身軽さでアジトに向かっていった。
『君のお父さんに言われて見守ってるんだって言わなくて良いの?』
パットの言葉に頭を掻きながらジョッシュは少し考えて答える。
「んー 僕が同じような年頃で、同じような立場だったら。きっと言われたくないだろうから」
そういったジョッシュに対してパットは感心したように言う。
『気遣いできるようになったじゃん』
「へへん、もっと褒めてくれてもいいよ?」
ジョッシュは腰に手をあて胸を張って鼻をたかだかとし、調子にのったせいで足を滑らせ落ちそうになった。
「おととと……」
『すぐ調子に乗るのも君の悪いところだよジョッシュ、でもよく頑張ったね』
パットのねぎらいに優しい顔で微笑むと彼は答える。
「これからだよ、本番は」
『そうだね、一緒に頑張ろう』
魔王軍の侵攻まで残り三日、運命の日はすぐそこまで迫っていた。




