308回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 113:嵐までの七日間(4-9)
その日の領主と都市の権力者達の会議もいつもの代わり映えのしない展開をみせていた。
否定否定否定否定否定
この都市の議会は権力者たちの否定で埋め尽くされる。
彼らには自己の利益に直結する答え以外全て否定しか存在しない。
無数の否定で弾圧し抑制し思考を袋小路に追い込んで、対象を自分の願望の為に動く屍人に仕立て上げる。彼らが特殊というわけではない、それが政治というものの基本的なセオリーだからこうなるというだけの話。
しかし領主はその無数の蠢く触手のようなそれに、一つ二つ言葉を放つだけで指向性を与え、逆に全員を自分の意のままに動く屍人にする手腕があった。
私は彼のその能力を高く評価している、でなければ彼の秘書などとっくに辞めている。しかしけして尊敬はできない、なぜなら彼はこうなるはずではなかった男だったからだ。
彼も昔は他者を信じるという志を抱き、この都市を領民と共によりよく導く領主たらんとしていた。
しかし信念とは、施政者にとってうわべを取り繕うための飾りでしかない。
そのことを彼は何度となく突きつけられ、失望し。
人を信じようとする彼を利用しようとした数多の者たちによるいくつもの裏切りによって、いつしか彼を人の心を殺す死霊使いのような男へと堕落させた。
そんな彼が今最も信頼する者が、自身が裏切りオブジェクトによりリビングデッドへと変えたディアナ公国兵達であるというのは、いささか皮肉が過ぎる状況に私は思う。
領主とともに向かった部屋には一人の少年がロープで縛られ地面に座らされていた。
先ほど館で大騒ぎをして捕らえられた少年、彼の仲間があるものを盗んでいったという。それの行き先を彼に問いただすつもりなのだろう。彼を包囲している警備兵達の持つ拷問用の鞭や、爪を剥ぐのに使う鉄の杭、それらに囲まれながらも少年の表情にはなぜか余裕があった。
「ようやく来てくれた」
彼は領主の姿を見るとそう言った。
「まるで私が来るのを待っていたような口ぶりですね」
「探すよりも捕まった方が早いと思って」
「逃げられませんよ」
少年は領主の言葉に不敵な笑みで返した。
「領主さんは知ってるんですよね、もうすぐ魔王軍が一斉侵攻してくるって事」
警備兵達がどよめきたつ。領主は顔色一つ変えない。
「キルシュを攫ったのは交渉材料にするため。だから僕らが何度取り返しても、貴方はそのたびに僕らに刺客を送り続ける。それじゃイタチごっこだ」
「つまり君は私に彼女を諦めろと?」
「無料でとは言いませんよ」
領主は少年のその言葉を聞くと、椅子に座り両腕を組み、少年を見下して目を細めた。彼が他人を値踏みするときはいつもこうしている。
「聞きましょう」
「僕らで魔王軍を撃退します」
「君らのような子供が?大人をからかうべきではありませんよ」
「僕はオブジェクト使いです、仲間にも一人、そして僕らはモンスター相手の戦いの経験が豊富なギルドから派遣されました」
私はそれを聞いてふと思い当たり口を挟む。
「闇ギルド、という奴ですね?噂には聞いたことがあります。そこの新人がモンスターの砦を壊滅させたとも」
私の話を聞いた領主は、少年を見つめた。
「それは貴方のことですか?」
少年は無言で頷く。
「なるほど、ですが信じるにはまだ足りませんね」
領主は肩をすくめてみせる。
「現にこの状況、貴方はこの程度の人員相手に拘束されてしまっている」
「それなら、こちらの手を見せます」
少年がそういった瞬間、少年の周囲を円を描くように何本もの巨大な木の根が生え蠢き始めた。木の根の一本が少年を縛っていたロープを引きちぎり、自由になった彼は壁に立てかけられていた山刀を手に取ると、木の根の一本に捕まり私たちを見下ろした。警備兵達はすっかり怯えてしまっている。
「僕らがなんとかします、だからどうか信じてください」
そう言い残すと、巨大な木の根は床に大穴を開け、少年を連れてそのまま地下へと瞬く間に消えてしまった。彼の後を追おうとした警備兵を領主は手をかざして制止する。
「貴方方が追っても追いつけませんよ、ほうっておきなさい」
そういう彼の様子に私は一瞬昔の彼のような雰囲気を感じた。
「信じるのですか?彼を」
領主は何も言わず、ただ物憂げに目を細めると、その部屋を後にした。
最後に少年が自分を信じて欲しい、そういったとき、領主がピクリと反応したように思えた。
私は少年の消えた床の大穴を見下ろして思う。
君になら彼を元の彼に戻すことができるだろうか。
期待はしない、結果だけだ。
約束を守れない者であれば話にならない。
しかし、もし彼が約束を守ることがあったなら、その時は。
私はらしくないことを考える自分を自嘲し、領主の後を追って部屋を出た。




