300回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 105:嵐までの七日間(4)
魔王軍侵攻まで残り四日。
その日の朝、僕は一人で表に出て、この世界に来る前にしていたある事を思い出すために体を動かしていた。
呼吸を整え、体の脈拍と自身の意気をあわせ、記憶を頼りに体を動かし、技を一つずつ繰り出しながら前に歩を進めていく。それを幾度となく繰り返していると物陰から声がした。
「朝早くからなにをやってるんだ?」
ドルフの呆れたような声、昨日の夜寝る前に犬笛で彼を呼んだのだ。
「僕には足りないことがたくさんあるから、やれることは今のうちにやっておこうと思って」
「それがその、なんだ?踊り?」
「八極拳、って言ってもちょっと習ってた程度なんだけれど」
「あーなんとなく察しがついた、お前昨日誰かとやり合っただろ」
「うん、闇の血統の一人だって言ってた」
「マジかよ、そんで無事だったのか?」
ドルフは物陰から出てくると僕の動きに合わせて横を歩き始めた。
「リガーに無理させちゃった、それに僕にはやっぱり人は殺せない。だからそれならそれでやり方を見つけないといけなくて」
「なるほどね」
ドルフは僕の進行方向に立ち塞がると、かかってこいと手でジェスチャーした。
「一人で空振りしてるより相手がいた方が勘が身につくだろ」
「よろしくお願いします」
僕はドルフに感謝を込めて左手を開き握った右拳を押し当て礼をした。
「なんだそれ?俺もやった方がいいのか?」
ドルフはたどたどしい様子で僕の真似をして一礼する。
「抱拳だったかな、形だけでも真似した方が身を入れやすいからね。それじゃ行くよ」
「おう」
僕はドルフと距離を詰め、技を一つだそうとした。
「あ」
ドルフが目を丸くする。思い切り顔面にドルフの拳を食らった僕はド派手に空中を回転してうつ伏せの形で地面に叩き付けられた。鼻がすごい痛い、頭が衝撃でぐらんぐらんする。だけど僕はすぐに立ち上がり涙目になりながらも笑ってみせる。
「やっぱり一人で練習するのと人に当てようとするのは全然勝手が違うや、いてて」
「わりい、まさかそんな思い切り当たるなんて思わなくてよ。加減いるか?」
「ううん、このままで行こう」
「お、おう」
考えてみれば当たり前の事だけれど、自分のリズムとドルフのリズムは全く違う。まずドルフの動きの拍子を掴む必要があった。今度は防戦、ドルフもどことなく遠慮がちに拳を出す。交わしながら、少しずつ僕の防御の払いがドルフの拳に当たるようになってきた。
「昨日魔王軍の斥候がいたんだ」
「ほう、どこに?」
「サラマンダーの沼地のあたり」
「はぁ!?お前あんだけ連中には関わるなって言っただろ!?」
ドルフの拳が早くなり、僕はそれも危なげなく払って交わした。だんだんドルフのリズムがわかってきた気がする。
「危なかった僕らを里に匿ってくれたし、優しくて穏やかでいい人達だったよ」
「里にまで入ってよく無事に帰れたもんだな」
「火を使った特殊能力とか持ってなかったのは残念だったけどね」
僕は喋りながらドルフの動きのリズムに合わせて、八極拳の技の一つを繰り出す。ドルフの体の筋肉が強くて彼にはまるで効いてない様子だった。
「踏み込みがちと甘かったな。あと狙う場所が悪い、筋肉がつきにくい場所を打てばお前の体力でもモンスター相手だって多少のダメージは加えられると思うぜ」
そう言いながらドルフはふわっと僕の体に拳を当てた、しかし僕の体はその衝撃で大きく宙に浮き彼との距離を離される。どうにもモンスターと人間では基礎体力の差が大きすぎるようだ。
「弱点かぁ、人間相手だとよくないって言われたけど、モンスター相手なら正中線を狙ってもいいかもしれないね」
実戦で使うにはそれに加えてもう一つなにか工夫が欲しい所だ。
「少し休憩しようぜ」
「うん」
彼に言われて気を抜くと、途端に汗が噴き出し鼓動が早まった。思いのほか体力を使っていたらしい、ドルフはそんな僕の様子を見抜いていたようだった。
「闇の血統は今回の戦いに介入してくるかな?」
「いやその心配はねえよ、連中はモンスターを殺すための集団だからな。魔王軍に肩入れするって事はありえねえ」
「知ってたの?」
「おうよ、先の大戦じゃ一番厄介な相手だったぜ。全員がオブジェクトみたいな妙な能力持った集団で、どいつも人間離れの体力ときてる」
「僕の会ったセナって子の死刃は距離を殺す能力だったみたい、それに虎みたいな耳と尻尾があった」
「ほう」
僕の言葉にドルフは意味ありげな目をする。
「闇の血統、それに連中の妙な俺たちに対する敵愾心。少しばかり正体が見えた気がするぜ」
ドルフはそう言うと再び構えを取る。
「そろそろ休憩は十分だろ?」
「うん、それに一つ試してみたいことがあるんだ」
いいねその意気だ、とドルフは笑い、僕は彼に向けて構えを取ると一歩踏み出した。




