296回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 101:嵐までの七日間(3-6)
ここは何処だろう、僕は何をしてたんだっけ。
意識がぼんやりとして僕は自分が今何をしていたのかわからなくなっていた。体が勝手に動いて、手に持った刃物をまっすぐに虎の耳の黒い鎧を着た男の子に向けている。
そのまま僕の体はゆっくりと、男の子を中心とした円を空に描く。
刃物の先に何かが当たった感触がするたびに、刃先を手首で軽く反らして、弾く。地面に刃物が切り裂いたような跡がつく。それを何度も繰り返しながら、僕は男の子にゆっくりと近づいていた。
ああ、そういえば僕はこんなゲームを昔やってた。そうか、これはゲームなんだ。目の前のあの子が僕の敵で、僕はあの子を倒せばいいんだ。
男の子は近づいてくる僕に対し舌打ちをすると、その場から瞬間的にいなくなった。
「大丈夫、わかる」
僕は自分の上空に現れた男の子の振り下ろした青竜刀を刀のヒルトで受け止める。男の子の重さが瞬時にかき消え彼は僕の背後から脇腹に向かって青竜刀を放った。
僕の体に当たった青竜刀は体を切り裂くことも、打撃を与えることすらなくすべての衝撃を霧散させた。
僕の視界の端に残存HPの赤いバーが表示され、1割ほど消えてバーが短くなった。
「ワープする敵の対処ってどうするんだっけ」
僕は一人ごちながら、その状況に戸惑っていた男の子の顔に向かって刀を振る。男の子の鼻先をかすった、彼は後ろにバク転しながら再び姿を消した。僕は消えた後の彼の足下の部分を注視し、そこに残された痕跡から彼の軌道を予測して、彼が四方八方に現れ消えるたびに放たれる遠距離からの見えざる斬激を刀で弾き続けた。
「まずは命中率を下げるか、サイレントミスト」
いつものように僕はスキルを発動した。付近一帯の地面に青白いもやがかかり、足音が聞こえなくなった。男の子のフェイントの一撃からの突撃攻撃が迫る。
「アヴァタールヴィジョン」
彼の攻撃を受ける前に僕の体が二つに分かれ、鏡写しのように歩き始めた。
「二人になった、オブジェクトの力なのか?」
男の子はそう言いながらも自身の言葉の間違いに気づく。彼の死角からかがみ写しのように動く僕の分身が次々に現れたからだ。
「数が増えたなら全部潰せばいいだけだ」
そう叫びながら男の子は僕の分身の首を一つ撥ねる。残り4。
「加速」
僕がそう呟くと僕と分身は一斉に高速で動き始め、男の子の逃げ場を塞ぐ形で陣形を組みながら刃を振るった。男の子は分身の一体の足を踏み顎の下から脳天に向けて青竜刀を突き刺し、分身の頭を真っ二つにすると、その死体が消えるまでの数秒を利用して盾としてそれを使い、分身の一体の刀を死体に深々と刺し貫かせ動きを封じ、死体ごと分身の上半身と下半身を真っ二つにした。残り2。
「加速」
さらに僕がそう呟くと、僕と分身は目にもとまらぬ弾丸のような速度で動き始める。
「なんなんだよ、お前。気色悪いんだよ!!」
男の子は動揺した様子で自身に襲いかかった分身の一体を交わしながら斜めに両断し、斬りかかった分身の攻撃を青竜刀で受け止め返し刀で彼に斬りかかっていたもう一人の分身の首を撥ねる。しかしその分身の動きは止まらず斬激を避けるために彼は緊急避難のワープを行い。その場に残っていた分身を見えざる刃で腹部を切り開いて仕留めた。死体が霧散するのを見て彼は苦々しく舌打ちする。
「これも分身かよ、だけどあと残りは本体だけだぜ」
「うん、そうだよ」
彼の後ろで僕がそう言うと、彼は青ざめた顔で僕を見た。彼が高速移動する為には地面を蹴って初速をつけなければいけない、この状態からなら彼はワープできない。
「それじゃ殺すね」
滅死穿そう呟くと、刀が閃光を放ち、僕は手にしたそれを男の子の胸に向かって突く。
「ジョッシュ!お前は殺すな!!」
その叫び声に僕の手が止まる、刀は男の子の胸の皮を一枚切ったところで止まっていた。僕の足を掴む血まみれの猫獣人の姿を見て、僕は頭に冷水をかぶったような気持ちになった。
「リガー……?」
山刀から異界文字が消え、突然体が重くなり僕はその場に跪いた。
「僕は、なにをしようとしてたんだ?」
「人を殺せないお前だから、グレッグの奴はお前さんを大切に思ってるんだにゃ」
僕は今にも消えそうな声でそういうリガーを見る。
「お前さんらしくやれにゃ」
僕は彼の手を握り頷く。
「わかった、やってみるよ」
一つだけどうにかできるかもしれない手がある。まだセナには気づかれていない、僕はそれにすべてをかけ立ち上がり、彼をまっすぐに見据えた。
「舐めんなよ……、てめえだけはこの場でぶっ殺してやるッ!!」
セナは空に向かって大声で獣の咆哮のような叫び声をあげ、手にした青竜刀が青い炎を纏って怪しく輝き始めた。空間に漆黒の断裂が生まれ、そこから何か化け物のような物の燃えさかる爪が姿を見せた。
化け物の爪が空間を左右に引き裂きながら、断裂を広げその姿を徐々にあらわにしていく。
それはまるで恐竜のような大きさの巨大な虎だった。目は赤く輝き、その体の模様は炎となって燃えさかっている。殺意の化身のようなそれが今まさに僕に向かって襲いかかってこようとしていた。




