282回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 87:胸に抱くべき希望の形(3)
犬笛の音に反応したのか、都市から少し離れた所から狼の遠吠えが聞こえてきた。
それは輪唱のように少しずつ遠く、狼伝いに遠吠えのリレーがつなげられていくようだった。
「なにかの伝令なのかな」
「おうともさ」
「うわ!?」
僕は突然背後の草むらから人の声がして驚いて尻餅をついた。
「なんだよ、俺だよ俺」
草をかき分けながらまるで闇から這い出るかのように、ドルフが姿を現した。
「ドルフ!まさかついてきてくれてたの?」
「はぁ!?ば、馬鹿野郎お前、たまたまここら辺通りかかっただけだよぉ……」
勘違いするなよなと、そう言いながらなぜか彼は目を泳がせ顔を真っ赤にして頬を掻く。その尻尾はパタパタと小気味の良い音を出しながら振られていた。
「ほんとかな?」
僕は笑顔を浮かべながら、ドルフに顔を近づける。彼は目を合わせようとせず、どこか慌てた様子で僕に手を突き出した。
「やめろぉ、それよりなんだ、用事があったから呼んだんだろ?ほら、早く言えよ」
「ちぇっ逃げられちゃった、残念」
僕は指を鳴らすとふざけるのをやめて、彼をじっと見た。
「大罪魔法って知ってる?その使い手のモンスターがこの都市にいるんだ」
「大罪魔法だと?なんでそんなもん使える奴がこんな場所にいんだよ、ありえねえぞ」
「そうなの?」
「俺たちモンスターの中で一番偉いのは魔王であるヴァールダント様だけどよ、その次に偉いのが七獣将って呼ばれてる連中でな。ガットの奴もその一人なんだが、そいつらだけが使える魔法が大罪魔法って呼ばれる、一人で軍隊ですら相手にできるような凶悪な魔法なんだ」
僕はガットが使って見せたあの無数の亡者を呼び出す魔法を脳裏に蘇らせた、もしかするとあれも大罪魔法の一つだったのかもしれない。
「すぐそばの建物にいる孤児の一人なんだ、でもキルシュの使った魔法はガットが使っていた魔法とどこか違った雰囲気だったよ」
「大罪魔法は七種類あってな、ガットのは暴食、そのキルシュって奴がどんな魔法かはしらないが、抱えてる業と同じ魔法が発現するって聞いたことがある。もし子供なら不完全な形で魔法が暴発してるだけかもしんねえしな」
抱えている業、キルシュの目が見えないこととなにか関係があるんだろうか。
「しかしお前ぇの話が本当ならこの状況の裏が見えてきたかもしんねぇ」
「モンスターの中での勢力争いの道具として、将来七獣将になる子を抑えるのがこの都市を狙う本当の目的って事?」
「察しがいいじゃねえか、あともう一つ。この都市に閉じ込められてるっていう孤児達はどこかから避難してきたわけじゃなく、何者かにここにさらわれてきた人質なのかもしれねえ。この都市が狙われることになったのは子供達を救い出すために村人達が決起したのが発端だってわかってな」
「一体誰がそんなこと」
僕はそう口にした瞬間、脳裏にリックの憂鬱そうな表情と、彼の横に浮かぶ黒い肉片の事がよぎった。
「どうしたよ神妙そうな顔しやがって」
「ねぇドルフ」
「あん?」
「ドルフって僕のことどう思う?好き?嫌い?」
「はぁ?何言ってんだよ、……嫌いにきまってんだろ、お前なんて」
「え……?本当に?」
「おい、なんで泣きそうな顔してんだよ。いきなりなんなんだよ」
そう言ってドルフは耳を伏せうろたえてわたふたしはじめた。
「ドルフに嫌われてるのショックでつい……」
その言葉にドルフは目を丸くし、全身の毛を逆立て、なんともいえない奇妙な表情を浮かべた。
「そっかぁ、お前は俺に嫌われてるとショックなのか。そっかぁ……、へへへ」
そういうと彼は僕の頬を拭って笑顔を見せた。
「それじゃしょうがねえなぁ、嫌いは取り下げてやるからしょぼくれた顔するのやめろよな。らしくもねえ」
その時の彼の顔は妙に優しくて暖かい笑顔に見えた。
「それでなんでいきなりそんな話を?」
「人に関わるのって無責任じゃいけないんだって、そう思ったんだ。だからドルフには今の僕がどう見えているのか気になって」
「隊長の足を引っ張らない為にいろいろ考えてここにいるわけだし、お前にしちゃまぁよくやってんじゃねえの」
「意外、ドルフ優しいんだね」
「なんだよその本当に意表を突かれたみたいな顔、それに意外とかいうな、お前は俺をなんだと思ってんだ」
まったく、とそう言いながらドルフは頭を掻く。
「お優しいドルフさんから忠告なんだがな」
悪いことは言わないから早くここから逃げろ。と彼は真剣な表情でそういった。




