280回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 85:胸に抱くべき希望の形(1)
僕とマックスがモンスターの子供たちの指定した場所にやってくると、そこには古びて廃墟になった公民館のような建物があった。建物の中にかすかな明かりが見え、近づいていくと窓を割って椅子が飛び出してきた。
「なにかに襲われてるのかもしれない、入ろう!」
僕がそういうとマックスは頷き、近くの割れた窓から建物に侵入する。
途端僕に向かって振り下ろされる棍棒。
「ジョッシュ伏せて!」
マックスが盾を構えてその姿勢で棍棒とその持ち主に対して猛烈な体当たりをする。
「みぎゃ!」
強烈な衝撃で吹き飛ばされたのはモンスターの子供の一人、飛び交う皿やら鶏やら大樽やらを掻い潜り物陰に滑り込みながら僕らは周囲を確認した。
「子供達だけのようですね」
「喧嘩も派手だなぁこの子達は」
吹き飛ばされてきた子供をマックスが片手で支えて立たせ、僕は転がってきた子供をそばにあったクッションで受け止める。二人ともすぐに走り出して戦線に復帰、話を聞いてくれる様子は全くない。
「どうしますか?ジョッシュ」
「そうだね、ともかくリックに話を通して貰わないと」
そう言って僕はそばにあった箒を片手に立ち上がり、襲いかかってきた子供達に以前グレッグに教わった制圧法をためす事にした。相手よりもこちらが遥かに勝っているというのを証明しつづけるというやり方だ。
「えっとたしか、あくまで余裕な感じをかもしだしつつ、相手の出鼻をひたすらへし折る。だったかな」
そう呟きながら攻撃の姿勢を取ろうとした子供の一瞬をついて、僕は箒の束の先で額を軽くこずいて転ばせた。
「この野郎!」
怒ってその子供が立ち上がるよりも早く別の子供の攻撃が来る気配を感じ、真横に近づいた人影の足下に箒の穂を滑り込ませ、足の接地と同時にそれを引き抜いて転倒させ、立ち上がり僕に向かって突進してきた子供を交わすと背中を上から軽く叩いて再び転ばせた。
決定的な打撃を与えずひたすら相手の自業自得感を出させるように転ばせていくと、だんだん心が折れた相手の戦意が喪失するという理屈。
「確かに効果はあるみたいだけど……」
転ばせた子供の泣きそうな顔を見ながら僕はなんだか胸が痛んだ。
「ちょっと良心が痛むなぁ」
そう言いながら、後ろから来た飛び蹴りを箒の先でとらえて進行方向をずらし、箒に力を込めて子供を空中で一回転させると、後ろを向きながら頭を足でキャッチして怪我をさせずに地面に下ろす。
「畜生!これでもくらえ!!」
振り下ろされた掘削用のハンマーをかわすと床の木の板が爆ぜて穴が開いた。
「危っ!それはさすがに死んじゃうって!!」
そんな僕の抗議の声むなしく、大声を張り上げながら何度も繰り出されるハンマーの一撃を避け、次の振りかぶった瞬間に合わせて、箒の束をハンマーを手にした子供の腕に蛇のように伝わせ、巻き付けるように関節を決め、軸足を軽く払って転倒させる。
「やってやれなくはないけど、この人数さすがに大変かも」
僕が弱音を吐くと、マックスが盾で作った壁で子供数人を押し返しながら僕に言った。
「ジョッシュ、耳を塞いでください」
彼はそう言うと、兵士が敬礼するときのように足を揃え、胸を張り、据わった目を見開いた。
僕はそんな彼の様子に嫌な予感がして急いで耳を塞ぐ。次の瞬間爆音があたりに響き渡った。耳を塞いでいても鼓膜がじんじんするようなマックスの「傾注!!」という叫び声。その声の影響か天井のシャンデリアが落下して床で粉々に砕け散り、子供達はみな目を丸くして地面にへたり込み、泣き出す子も何人かいた。
先ほどの騒動が嘘のような静けさに変わり、マックスは僕に。
「さあどうぞジョッシュ」
と言った。
その場の全員の視線が集まる中、僕はおずおずとあたりをもっと見回せる場所へと歩み出る。
「ううっ視線が痛い……」
この状況で話すのすっごい話しづらいよマックス、軍隊のノリと一般のノリは違うんだよマックス……。でもそんなこと静かに頷きドヤ顔を浮かべる彼に言えるはずもなかった。
「おージョッシュじゃん、来てたんだ」
その声の主は二階の欄干から僕の前に飛び降りこともなげに着地すると、ニッと屈託のない笑みを浮かべた。
「リック」
正直彼から声をかけてくれたのが凄くありがたかったけれど、それで感謝の言葉を言うのも情けなさ過ぎるので僕は苦笑いで彼の笑顔に答えた。




