279回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 84:たった一つだけの自由
自身の自由、他者の自由、自由とは尊ぶべきもの。それは良識として共有されている価値観だ。
でも私は知っている、それだって結局は選ぶことのできる、強い立場の人間にとって都合がいいだけの押し付けられた価値観だということに。
私には自分が好きなものを好きだという事も、嫌いなものを避けることも、自分の生き方を選ぶことも許されなかった。
私の周りの人々は私の好きなものを勝手に決めて、それを私が好きだと言わなければみんなが私のために犠牲になっているのに信じられないと私を責め立てた。
それが嫌で私は人から言われたことにすべてはいとしか答えなくなった。
そのうち息をするのもやめなさいなんて言われるんじゃないかと、そんなことすらありそうで笑えた。
私の自由は私の周りの人間たちの都合のいい道具としての私になりきらなければ得られないものだ、しかもその自由であると規定されている判断や考え方も周りの人間に決められたとおりに選択しなければならない。
ある日私は恋に落ちた。
その気持ちを周囲に知られたらきっと台無しにされる。だから私は隠し続けた。だけど、ある日彼が遠くに行ってしまうと聞いて、私は周りに決められた自由を抜け出して彼に会いに行ってしまった。
せめて一言だけでも、彼にだけでも、本当の私が抱いていた気持ちを伝えておきたかった。
「あなたの事が好きです」
その言葉に彼は苦々しい表情を浮かべた。
「ごめんね」
なにか汚いものを嫌悪するような迷惑そうな顔と不快そうな声で彼がそう言うと、どこからか現れた男たちに捕らえられて私は神殿へと連れ帰られた。
彼は私が周りの人間たちを裏切らない道具として完成したかどうか確認するために、周りの人間たちが用意した役者だったのだと知らされ、裏切りの代償を払う必要があると言われ、体を手術台に縛り付けられ、私の体から女である部分をすべて切り落とされた。
全て私がこんなオブジェクトを使える力なんてもって生まれてしまったからだ。オブジェクトはその時から私に新しい力を与えた、人の心の奏でる音を聞く力だ。私を切り刻み、凌辱する大人たちの心は希望と歓喜に満ち溢れた荘厳なメロディを奏でていた。
ああ天上の神々よ感謝します、素晴らしき我らの勤めに加護をお与えください。
私はこの世界のありとあらゆるものに嫌悪感を抱いた。この世界のすべてが醜く歪んで呪われているのだと知った。
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「人々の心の向かう先を調律するオブジェクト、実に見事な音色ですね」
ハープを奏でている私に紳士風の男が話しかけてきた。
「ですが不思議ですね、こんな力があれば貴女を過剰に信仰する者を抑え、魔女と嫌悪する者達も鎮められるのでは?」
「その方が都合がいいんです。私に意識が集中していれば、たとえ数十万人いたとしても旋律を掴みやすいですから」
「本当にそれだけが理由ですか?」
私はその言葉にふと指を止め彼の顔を見た。
「おや気に障りましたか、これは失礼を致しました」
「貴方は何者ですか」
「私は人類の守護者です。だから貴女のような人を見過ごしてはおけない」
私はその言葉を無視してハープを奏で始める。それに合わせて警護兵が姿を現し男を威嚇した。
「おやおやこれはいけませんね、ご挨拶だけのつもりが長居しすぎてしまった」
それではまたお会いしましょう、そういって彼はお辞儀して後ろ向きに崖から飛び降りて消えた。
私の意志で何かを行うことはない、私もこのオブジェクトもただの道具にすぎない。
その扱い方を知らずに間違えて滅んでいくのは人の業でしかない。
私はハープを奏でながら神に感謝する。どうかどうか素晴らしき私達の勤めに貴方の加護を。
天上楽土のような人の悪意が奏でる旋律を聴きながら、私はハープを奏で続けた。




