277回目 百人の為に死んでくれ
俺には誰にもいえない秘密がある。
2035年、人類は一つの社会問題に直面していた。それは昔の人間達が超能力と呼んでいた力が人類に発現し始めた事が発端となっている。昔の人間達がというのは今の時代ではそれは超能力とはいわないからだ、目覚めた能力はどれもコントロールできず、本人の害にしかなっていないのである。
発火能力者の場合は気がつくと体のどこかに火傷ができ髪が焼け焦げていたり、透視能力者は透視のせいで車が見えずに事故を起こし、透過能力者は意図せず服がすり抜け公然わいせつで逮捕されてしまうような、そんな実情がこの時代の能力者にはあった。
そして俺はどちらかというと未来予知のような力がある、能力者が受信しなければならない検査でも残念な未来予知の力ということで誤魔化していた。というのも俺の能力、少々たちが悪いのだ。
一人になりたくて高台の公園にやってきたというのに、また俺の前に一人の男が現れいつもの笑みを浮かべて電車に向かって指を指している。彼は無感情なトーンでいう。
「君に選択の権利を与えよう、この男の命か、あそこの電車の百人の命か」
俺は気づかないふりをする、気のせいだと思おうとする。そのために公園を後にし、布団をかぶって眠ることにした。そして翌日電車の事故のニュースが目に入った。
俺の能力は因果律の予測、人類の深層意識の具現だとその存在はいっていた。人の無自覚の意思が望んでいる事だから、俺が選択した事によって人に罪に問われることはないと。
それはいつも一人の人間と百人の命のどちらを選ぶか俺に問う。俺に殺させる人間の意思を奪って、どう殺せば俺が罪に問われないかも教える。
シャワーを浴びながら、昨日のことをいくら忘れようとしてもあいつの表情が脳裏に浮かんでしまう。
「私は知っているぞ」
自分だけはお前が何をしたのか知っている、そういう表情をあいつがするようになったのは、俺が修学旅行中に自分を含めた百人の死か選択を迫られた時からだ。
土砂崩れに巻き込まれるなか、俺はクラスメイトを一人殺した。あんな状況で生き残るはずのない俺たち百人は生き延び、たしかに俺はなぜか罪を問われることはなかった。
俺の問われている罪はどちらの罪なのだろう。自分のした事を忘れるために、現実を直視するのを拒絶するために、日々百人の命を見捨てていることに大してなのか、あの日の人殺しに対してなのか。
俺は歴史に名を残すような聖人や偉人やまして悪党にすらなりきれない、なにものにもなれない半端な人間だ。そんな者にとってあれがいったいどういうものなのか理解することは不可能だった。
まるで悪魔のようだ、しかし救いを与える神のようでもある。
そして今日もおそらく託宣はくだされる、今日の俺はどちらを選ぶだろうか。百人の為に死んでくれなんて、俺にはまだ選べそうになかった。




