28回目 ランプアクアリウム
近未来、男女差別禁止法により恋愛が禁止された世界。
ある財閥が秘密裏に無人島に都市を建造し、そこでは国家による監視を逃れる恋愛が許されていた。
人々はその島を恋愛島と呼んだ。
その島では本土で禁止された恋愛ドラマや、海外の恋愛要素のある映画も見る事が出来。
海や山のリゾート施設はもちろん、すべての都市計画が恋愛のために設計された、
まさにデートスポット都市であった。
吉崎伊千郎は社会に出て10年ほどになるうだつの上がらないサラリーマンで、
特に島で会う約束をする恋人や、友達などもいなかったが、
夏の長期休暇には必ず恋愛島を訪れていた。
彼の趣味は滞在する都市を変更し、ホテルも変えて、
その生活感を満喫することだ。
周囲には人目を憚らず情事を営むカップルばかりで、
独り身の伊千郎は浮いた存在とはなるのだけれど、
そんな光景の中に身を置いて、観光地ならではの食べ歩きに適した軽食をベンチで食べていると
なんだか日ごろの無機質な暮らしが少しだけ癒される気がするのだった。
その日も伊千郎はベンチに座り街の光景を眺めていた。
彼の隣に腰を下ろした女性、速水由香も伊千郎と同じような独り身だった。
自分の性別に対して特に関心はなく、男だという事で他人を分けて扱うのも面倒だったし、
自分が女だからといって妙な気づかいをされるのも嫌だと思っていたため、
恋愛などには興味はなかったが、やはり誰かに自分の選択の権利を侵害された環境で生きるのは息苦しく、
夏の長期休暇にはぶらぶらと恋愛島に新しくできた店やスポットを一人でブラつくのが好きだった。
ただ彼と彼女にとって誤算だったことがその状況に一つだけあった。
伊千郎がなんとなく隣に座った由香に目をやり、それが由香だと気づいて上げた声に、
由香も彼を見て目を丸くした。
実はこの二人昔なじみの犬猿の仲であり、
互いの仕事先での一番の脅威であるライバルでもあったのだ。
「最悪だ」
二人は同時に心の中でつぶやく。
彼らの関係はその場においては間違いなく最悪であった。
しかし最悪の関係の二人が最悪の出会い方をして、
その計算式が奇しくもマイナス×マイナスでプラスに代わる事もあるのだと彼らはしばらくして知ることになるのだった。




