273回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 81:護るべき大切な人のために(22)
建物に生えた無数の蔓植物が一斉に持ち上がり、急速に成長し建物の間に植物で編み上げた壁を構成し、巨大な蝙蝠のクリーチャーの行く手を阻む。
「お次はアイツに一撃!」
そう言いながら街灯を蹴り、空を進みながら僕は琥珀のダガーを振るう。建物の壁面の植物が次々にクリーチャーに鞭のように襲い掛かり、それをよけるために体を翻したクリーチャーの一瞬の隙を突いて足に蔦が絡みつき、石畳を突き破り巨大な植物が槍のようにクリーチャーめがけて伸びる。しかしそれはクリーチャーに届く前に朽ち果て砕け散ってしまった。
「不発?どうして」
「ダメだジョッシュ、あれに手を出しちゃいけない」
僕の耳にパットの声が聞こえた、周囲を見るとこの状況でも都市の人々がクリーチャーに祈りをささげている様子が見えた。
「人が危険に晒されてるっていうのに」
僕はそう呟きながら地面に着地し走り出す。
クリーチャーは自らの体に絡みついた蔦を振りほどきながら怪音波を放ち、植物の壁を粉砕していく。ダーマはまだ逃げきれていない。クリーチャーが体当たりで壊れかけの最後の障壁を打ち破ると、怪音波を放つために首をもたげた。
「クソッ!間に合わない!!」
クリーチャーから放たれた怪音波が周囲の建物を抉り取りながらダーマとモンスターの子供に襲い掛かる。もうダメだと思ったその時、クリーチャーとダーマの間に立つ人影があった。マックスだ、彼は盾を構え怪音波を受け止めていた。彼の体のあちこちから血が噴出する。
「マックス!!」
僕がそう叫んだ瞬間、すべての音が掻き消え、暗闇に包まれた。僕の体になにかが起きたわけじゃない、本当に突然何もかもが零になってしまったような感覚。目が慣れてきて、ぼんやりと光を放っているものが見えることに気づいた。それは街に植えられた花だった。
花の光を頼りに歩いていくと、そこにはダーマに抱えられていたモンスターの子供の姿があった。
彼女は花を愛でながら僕を静かに見つめて微笑む。
瞬きすると全てが元通りの状況に戻っていた。空にいたはずのクリーチャーが消滅している事を除いては。
マックスはそのまま地面に倒れこみ、彼を抱きかかえてダーマは声をかけた。
「あんた生き人形じゃないね……お仲間をあんなにされて、私達を恨んでるんじゃないのかい?なぜ助けたりしたんだ」
マックスは膝をつき立ち上がると胸を張り、ダーマに言った。
「自分達の任務は貴女方を守る事、ならば自分は責務を果たすだけです」
「かっこつけんじゃないよ、ボロボロじゃないか」
ダーマは泣きながら笑う、その横にいる少女はただ茫然としながら立っている。まるで先ほどの事などなにも覚えていないかのような様子だった。
「あんたにも世話かけたね、おかげで私もキルシュも無事でいられた」
「彼女はいったいどうしたんですか?」
「ああ、この子はね目が見えないんだ。だからか知らないがいつもぼーっとしていてね、目が離せないのさ」
さっきは目が見えているような様子だったように見えたのだが。
「大罪魔法だ」
パットはそう僕に耳打ちした。
「モンスター達がこの街を狙う理由はキルシュ、彼女の力だろう。彼女の大罪魔法の力であのクリーチャーを追い払うことができた、だけどジョッシュ、この状況僕らには分が悪い、できるなら撤退した方がいい」
「あんなクリーチャーほっとけないよ、それに混沌浸食の原因も取り除かなきゃ」
「この都市のオブジェクトを動かしているのは個人じゃない、この都市の住人全員の意思なんだ。2万人の意思が混沌構成物を通して不死の軍団と、あの大罪の悪魔を生み出してる」
以前パットの言っていた言葉を思い出す。ブラザーフットの力を使ったとしても対象を縛る呪いよりも強い意志の力が必要、そう彼は言っていた。
「僕らには勝ち目がないって事?」
「ああ、僕らにはこの状況を解決する手段はない」
パットは静かに、でもはっきりとした口調で言い切った。




