270回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 78:護るべき大切な人のために(19)
「貴方が感じている痛みを分かち合うことができる人はここには誰もいない、それはとても苦しい事だと思うんです。だけど、だからこそ貴方はここにいるべきだ」
「ジョシュア殿……ですが私は所詮一兵士にすぎないのです。軍人としての責務は果たしました、あとは帰還して状況を報告しなければ」
「マックスさんはこのままでいいの?本当は仲間のためになにかしたいって思ってるんじゃない?」
「お恥ずかしながら、自分はこの場所から逃げ出したいのです。守るべき人々が今は恐ろしくてたまらない、自分の信じてきた全てをこの街はたやすくうち砕いてしまう。そう思えてならないのです」
「逃げちゃいけないとは言いませんよ、言える資格も僕にはないです。だけど本当は貴方も気づいているはずだ、今ここでの選択が貴方の人生の大きな転換点になる。貴方の目指してきた理想のために立ち向かうべきだという事を」
マックスは自嘲する。
「不釣り合いな望みは愚かで醜いものです、理想など抱けるほど自分は強くはなかった」
「僕は嫌ですよ、そんな貴方は」
僕は真っすぐにマックスの目を見据えて言った。彼の心に届くように、胸の奥から言葉を絞り出す。
「貴方の仲間の結末に意味を与えられるのは貴方しかいない」
僕の言葉にマックスはピクリと体を動かし、虚ろだった目を見開き僕を見つめた。
「自分が、彼らのためにできることがあるというんですか?」
「彼らには見届ける人が必要なんだ、彼らの信じた生き様を人々に示す仲間の存在が必要なんです」
「それは自分にしかできない……」
マックスの目に光が戻り、産まれかけていた黒い肉塊は小さな悲鳴を上げて霧散した。
「自分は凡庸な男です、このことで貴方にご迷惑をかけてしまうかもしれませんよ」
「凡庸なのは僕も同じです、だから貴方が一緒にいてくれると僕は嬉しい」
「ジョシュア殿、自分はここまで誰かに必要とされたことはこれまでありませんでした。貴方がそこまでおっしゃるならば、非力ですがこのマックスの力、お役立てください」
「貴方はやっぱりすごい人だ、その決意に報いるために僕も頑張ります。それと僕の事はジョッシュって呼んでください、友達はみんなそう呼ぶんです」
「それでは僭越ながら、ジョッシュ自分の事もマックスとお呼びください。これからよろしくお願いします」
僕はマックスに差し出された手を握り、かたく握手を交わす。その手は焼けるように熱く彼の心情を表しているかのようだった。
「あと、僕敬語使うの苦手なので普通に話してもいいですか?」
その言葉にマックスは少し笑うと、構いませんよと言って頷いてくれた。
その時空に獣の咆哮が轟き、人々の悲鳴が響き渡った。僕らがその方向を見ると、宵闇の空に夕陽を浴びてまるで揺れ動く炎のように蝙蝠の翼をもった巨大な化け物の姿があった。




