248回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 59:冒されざる秘枢(6)
ギターの音色が響く。振り返ると階段から誰かが弦を弾きながら登ってくるのが見えた。
「おや、エストにお客さん?珍しいね」
キザな格好をした狐の獣人の男、その胸にはギルドプレートが日の光を反射して輝いていた。
「ディー」
エストと呼ばれた巫女はため息をつく様に彼の名を呼ぶと、祭壇へと戻り竪琴に指を触れた。彼女が一音一音を奏でる度に、調律するようにディーはギターの弦を弾いて、音のテンポを合わせていく。
「大切な仕事なの、邪魔しないで」
「じゃあそこにいるいかついおじさん達に俺をつまみ出させればいいじゃないか」
よいしょと言いながらディーは祭壇の近くの石柱に腰を下ろし、足を組むとギターをかき鳴らした。布で顔を覆い隠した神官のような姿の警護兵は視線こそ彼から外すことはなかったが、特別警戒している様子もなかった。この二人のやり取りは恐らく日常的なものなのだろう。
「やっぱここは音が綺麗に響く、演奏にはうってつけだ。一人で演奏するなんてもったいない、そう思わないか?」
「好きにしなさい、相手にしていられないわ」
そういってエストは竪琴を奏でる。そのどこか悲しい音色に、ギターの音色が乗ると不思議とどこか明るい気持ちにさせるメロディが生まれる。僕は少しだけその状況に安心感を覚えた。
「貴女のオブジェクトがどんな力を持っているのか、みんなに教える気はないですか?きっとそれを知ればみんな落ち着くと思うんです」
「もう聞いていると思うけれど、それは明かせないことになっているの」
日輪が光を失い、空が夜のとばりに包まれると、周囲の篝火に一斉に火が灯った。
「でも、そうね」
彼女は思考を辿るように竪琴に指を這わせ音を奏でる。
「このオブジェクトは多分あなたととても良く似ている、そう思うわ」
アルトゥリスト、皮肉を言うようにそう囁き彼女は演奏に集中し始めた。
「ジョッシュ、そのまま聞いて欲しい」
パットが僕に語り掛けてきた。僕は気づかない振りをして階段を降り始める。
「兆しがもうすぐ現れる、感じるんだ」
兆し?何のことだろうと考えていると、パットは続けた。
「この世界はもうすぐ崩壊する、その前に君は兆しを破壊しなければならない」
「世界が終わる?どういう事なの」
「なんか言ったかにゃ?」
「あ、いや独り言」
パットからの返事はなかった。都市の様子を見下ろしてみる。どこまでも続く果てしない夜の闇の中で荒廃しつつある街の灯りはどこか心細く、今にも飲み込まれて消えてしまいそうに見えた。




