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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
異世界勇者の解呪魔法
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242回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 53:その円環(サイクル)の中にあるもの

 昼下がりの日の光が心地よくていつの間にか眠りこけていた僕は、御者の「あっ」という声で目が覚めた。馬車が馬の歩みにあわせて速度を緩めていく。

「なにかあったんですか?」

「いえ、あそこに人が」

 御者の指さす先に道端で倒れているローブ姿の人間の姿があった。


 僕は馬車を飛び降り、その人物を抱き起こした。

「やぁ」

 白い髭をしたペストマスクの老人は僕の顔を見ると片手を上げて、それをゆっくりと振った。


「変わった飲み方をする奴だにゃぁ」

 老人はペストマスクに開いた穴から管を通して、僕の手渡した水筒から水を吸い上げていた。

「ふぅ……生き返った、どうもありがとう」

 マスクの覗き穴にはめられたガラスは黒く、彼の表情は見る事はできないが、その声や物腰に僕は優しそうなお爺さんだと感じた。

「ディアナ公国はどちらに行けばいいかな?」

「歩きだと数日はかかる距離だけどにゃー、おいら達の街ならまだ近くだからそっちに行けばいいんじゃないかにゃ?」

 どことなくリガーの喋り方が平坦な事が少し気になりつつも、僕は彼の事がほっておけず、水筒を受け取りながら声をかけた。

「僕たちもディアナ公国に行くんです、よかったら一緒に行きませんか?」

 横目にリガーの顔を見ると、彼はやっぱりやりやがったと言わんばかりに両手を上にあげて首を横に振った。

「それはありがたい申し出だ、お言葉に甘えさせてもらうよお兄さん」

 僕は老人の手を取り、彼を助け起こした。


 日が沈み、風が冷たくなってきた。リガーは早々に毛布にくるまり寝息を立てている。

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 僕は老人に毛布を手渡すと、自分も毛布を羽織りながら、馬車の出入口に腰を下ろし、カーテンを少し開いて夜空を眺める。空にぽっかり空いた穴のような混沌の渦を中心に広がる星空。星のように見えるのは混沌から放出されたエネルギーのひとかけらで、それが時々地上に落ちるとき流れ星のようにきらめいて消えていく。グレッグと一緒に夜空を眺めた時のことを思い出しながら、僕は彼が元気になりますようにと流れ星に願う。


 隣に老人が腰を下ろし、僕が彼の方を見ると、彼はじっと僕の目を見つめていった。

「お前さんなかなか変わった円環(サイクル)の中に身を置いているようじゃのう」

円環サイクル、ですか?」

「そうじゃよ、物事にはそれぞれ円環(サイクル)というものがある。ある円環の者が他の円環にあるものを得ようとすれば、途方もない対価が必要となるのよ」

 その話を聞いて僕が真っ先に思い浮かんだものがあった。

「エルフの霊薬とかですか?」

 僕のその言葉にリガーの耳がぴくりと動いた。

「左様、人間があれを得ようとすれば、多大なる代償を支払いエルフの里を滅ぼして奪い取るしかない。故に人にとってのそれは途方もない価値を持つ」

 僕はポケット越しに霊薬を握りしめた。

「だが、人と異なる循環に身を置く者であれば話は別だ。エルフは価値を求めない、己が友と認めしものが必要とするならば、彼らは自らが持つものを惜しみなく友に渡すだろう」

 もしその話が本当だとすると、僕が渡されたものは思ったよりもずっと重いものだ。

「なんだか僕が思ってる以上に大切なものみたいだ、友情の証みたいなものなんですね」

 老人は頷き僕の肩をさすると優しい声で言った。

「奪ったのではなく、受け取ったのであれば、なにも問題はないのじゃよ。お主の好きに使えば良かろうさ」

 そういうと彼は髭をなでながら、毛布からはみ出たリガーの尻尾がゆっくり揺れているのを見て、ほっほと笑った。もしかしてリガーの正体が見えているんだろうか。

「随分物知りみたいだにゃ」

 僕が彼にどう尋ねたものか考えていると、リガーが毛布をかぶったままそういった。そしてその時彼と一緒に行動してきた僕には気配で分かった、リガーはこちらに気づかれないよう湾曲刀を毛布の中で構えている。僕は老人と彼の間に割り込むような形で座る位置を変えた。

「ジョッシュ人が話してる時に間に割り込まないでほしいにゃ」

 リガーは毛布から顔を出すと責めるような目をしてそういった。

「ごめん、だけど僕このおじいさんに興味がでてきたんだ」

 老人の表情は変わらずペストマスクで窺い知れなかったが、彼はほっほっほと笑うと、自らフードを少し開いて見せた。そこにはエルフ特有の長い耳があった。

「やっぱりただの行き倒れじゃなかったにゃ」

 そういってリガーは布団をはねのけ、シャーと声を立てながら老人を威嚇した。

「そう剣幕を見せなさんな。知古の久しぶりのお気に入りとやらを見物に来たまでじゃて。老人の楽しみよ」

 そういうと老人は手にした杖で軽く床を叩く、それと同時にリガーが床に倒れ寝息を立て始めた。

「おやおやよほど疲れていたとみえる」

「貴方はいったい」

 問いかける僕の眉間を彼が指で優しく触れる。視界がぼやけて、意識が揺れる。僕の体から力が抜けて目をあけていられなくなっていく。

「騒がせてすまなかったのう、すぐにまた会える。その時を楽しみに待っておるよ」

 おやすみ、ジョシュア。彼のその言葉を最後に僕は堪えられなくなり瞼を下ろす。

「はっ」

 再び目を開けるともう空が白み始めていた。瞬きをしただけのつもりが朝まで眠っていたらしい。その場にはもうあの老人の姿はなくなっていた。

円環サイクルか……」

 もし彼のいう事が本当なら、僕のいるという円環は僕を導いてくれるだろうか。今はなにもわからないまま、僕は混沌の渦の周りに輝き始めた光の輪を見上げるのだった。

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