239回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 50:てのひらいっぱいの幸せを(7)
「はぁ……」
僕はその日もギルドのキッチンで料理をしながら窓の外を眺め、気が付くとため息をついていた。
「こら」
「あいたーっ」
マスターが僕の頭をおたまで叩いた、鉄製なので重くて結構痛い。
「たんこぶできちゃいますってば」
「仕方ない、今日はもういいぞ。見舞い行ってやれ」
「えっいいんですか!?」
「わかりやすく嬉しそうにするなぁ」
「あ、でも今お昼時だし……」
僕がそう言いかけるとマスターは出来上がった料理の皿をいくつかおたまで指す。それを見て僕はあっと声を出した。無意識にどの料理もグレッグの顔の形や絵がソースで書かれていた。
「この酒場の料理最近グレッグ飯って言われてるの知ってたか?」
「あちゃー、完全に無意識でした……」
だろ?そう言いながらマスターは苦笑いし、僕からエプロンをひったくると巾着に入ったお金を渡した。
「うわ、こんなに?」
「気にするな、お前の料理の評判で収益上がってるしな」
そういって彼は僕の背中を押してカウンターから追い出した。
「おとと、ありがとうございます!」
マスターは片手を一振りするとキッチンに戻っていった。
グレッグの病室に入ると、そこには前に僕が見舞いに来たのとまるで変わらない光景があった。ベッドの横の椅子に座り、グレッグの手を握る。彼は静かに寝息を立てている。
あれからグレッグは目を覚ましていない。傷自体は命に関わるほどのものではなかったものの、原因不明のこん睡状態というのがボーディの見解だった。
グレッグを病院に運び込むと同時に僕も意識を失い、目が覚めると三日がたっていた。一緒に来ていたドルフも重傷だったはずなのに、彼は早々に病院を出てどこかに行ってしまったらしく、ギルド酒場にも顔を出していない。
「パット、お願い」
そういうとグレッグの手を握る僕の手が淡く光り、僕の生命力が彼に流れ込んでいく。
モンスターである彼と僕の生命力ではあまりにも絶対量が違いすぎて、あの時に限界まで送り込んだ生命力でも彼を目覚めさせるほどまではいかなかった。だから僕はこうして毎日グレッグにその時送れる分の生命力を渡していた。
「げほっげほっ」
咳が出て、少し眩暈がして椅子から落ちそうになる。すぐに自分の体を支えてグレッグに向き直るが、僕の手から光は失われていた。おそらくパットの判断で今日はもうやめろという事なんだろう。
生命力をグレッグに送るようになってから二週間、僕は風邪をひいているときのような慢性的な倦怠感を覚えていた。パットは生命力は体の抵抗力などにも影響を受けるため、あまり抜きすぎると病気にもなりやすくなるといって、はじめのうちは僕の行動に反対していた。
背後に気配を感じて振り返ると、そこにはロザリアの姿があった。彼女は僕に小瓶を差し出して。
「どうぞ」
と平坦なトーンの声でそういった。
「これなんですか?」
「貴方も体調が優れないようですので、栄養剤です」
なんなら新薬の治験もできますが、と彼女が言いかけたが、僕はすぐにその小瓶を受け取り、飲み干して笑顔でお礼を言った。彼女は少し残念そうな顔をして、お大事にと言い残して去っていった。
僕は眠っているグレッグの胸に顔をうずめて、上下する彼の胸に少しだけほっとしながら、あの日の事を想い帰す。もっと僕が強くて、グレッグの助けになれていたら、こんなことにはなってなかったかもしれない。
「ジョッシュ……」
グレッグがうなされるように僕の名を呼び、気持ちが押さえきれなくなって僕は彼を抱きしめ呟いた。
「ねえグレッグ、このままじゃいけないよね」
ドルフに決意の確認をされず、グレッグと肩を並べて相棒として力を頼られるくらい、僕は強くならなくちゃいけない。心の底からそう思った。




