238回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 49:てのひらいっぱいの幸せを(6)
「ん?」
帰り道の途中異変に気付いたのはグレッグだった。
「どうかした?」
「ドルフの奴の匂いが途絶えた」
「僕の事を警戒して距離取ってるから、風の流れが変わって匂いが届かなくなったとかじゃない?」
「いや、風の流れが変わるたびに位置取りを変えて、いる事を匂いで知らせてたから何かあったのかもしれねえ」
グレッグが横目に僕を見て、僕は頷くと山刀を抜き背中合わせに立つと、彼の背後を監視する。グレッグは匂いを嗅ぎながらあたりを警戒する。
「こいつは……ッ!」
グレッグが突然僕をつき飛ばし、僕は宙を舞いながらそれまで自分が立っていた場所に振るわれる血まみれの大剣をみた。
グレッグは瞬時に体勢を入れ替え、手にしていた鉈をその動きの流れで振るい、迫った大剣を切り払った。
大剣を手にしていたのは全身に黒い鎧を身にまとった騎士、先ほどあった漆黒の鎧の騎士とは意匠の異なる鎧を着た大男だった。黒騎士は足を一歩踏み込み、重心を動かすと大剣の軌道をずらしてそれを跳ね上げ、グレッグに逆袈裟に斬り上げる。
「しゃらくせえッ!!」
そう言いながらグレッグは体を回転させ、腰に差していた山刀でその一撃をいなし、その回転を使った一撃を黒騎士に食らわせる。金属音と火花が散る。黒騎士は後ろに飛び、構えをとる。その鎧に傷一つない。
「硬ぇな、それならそれでやりようはある」
そういってグレッグは踏み込み横一文字に黒騎士に斬りかかる。
二人の猛烈な斬撃のやり取りに唖然としながら、僕は黒騎士の鎧に血が一滴もついていないことに気が付く。
「こいつ殺しのプロだ、離れてろジョッシュ!」
人質にされでもしたらグレッグの邪魔をしてしまうことになる。僕はグレッグを助けたい気持ちを抑え、ほかの仲間がいないか周囲を確認しながら二人から距離を離す。僕の視界の端に血まみれになって倒れているドルフの姿が見えて、僕は急いで彼の傍に駆け寄る。
意識はまだ辛うじてあるようで、彼は息も絶え絶えに畜生と悔しそうに繰り返していた。僕は手持ちの薬草を彼の口の中に入れ、二人の様子を伺う。
「なにか僕にできることは……」
二人の実力差はほぼ互角と言ってよかったが、モンスターとしての体力の違いからかグレッグの方が優勢を保っていた。しかしそのはずなのに、グレッグの動きが次第に遅くなっていく。
「一撃もうけてないのにどうして」
「……オブ、ジェクト」
ドルフが僕の疑問に答えるようにそう呟く。
「オブジェクト使い?」
僕が琥珀のダガーを握り黒騎士の様子を見ると、黒騎士の剣が黒いオーラのようなものを纏っているのが見えた。
「ユウマ!あれはニュクスだ、グレッグから生命力を奪い取ってる」
パットの声が僕にそう教える。琥珀のダガーを取り出した僕の腕をドルフが力なく掴み制止する。
「ごめんドルフ、でもここで行かなきゃずっと後悔することになるから」
僕は彼にそういって黒騎士に向かい駆け出す。生命力を奪われたグレッグが地面に膝をつき、黒騎士がとどめの一撃を振りかぶる。
「力を!!」
僕は叫びながら光を放つ琥珀のダガーを振るうと、地面から現れた巨大な木の根が鞭のようにしなり黒騎士を襲った。
「―――――ッ!」
黒騎士は襲撃した木の根に剣を振り下ろし、その衝撃を使い体を空中に浮かせて反転し木の根の鞭を回避し、そのまま木の根ごとグレッグを切り裂こうとした。その切っ先に僕が放っていた第二撃の木の根の鞭が絡みつく。黒騎士の斬撃はそれを瞬時に切り裂いたが、刹那できた時間で僕は一撃目の木の根を使いグレッグをこちらに引き寄せ、凶刃から彼を守った。
黒騎士はグレッグの行き先から僕を見つけると、標的を僕に切り替え地面を一蹴りし、瞬きした次の瞬間僕の目の前にいた彼は血濡れの大剣を僕に振り下ろす。思わず顔を背けると、グレッグが僕の前に割って入り、片腕を犠牲にしてその一撃を受け止めていた。
「やらせねえ……ッ!!」
生命力を吸われて先ほどまで弱っていたグレッグは毅然と立ち上がると、鉈を黒騎士の首に向けて振るい、黒騎士も大剣から手を離し、腰に差していたダガーを引き抜きグレッグの心臓を貫こうとした。
「いやー、素晴らしい!!」
二人の動きがその言葉で止まる、拍手をしながら堂々と荒野を歩いてくるスーツ姿の男がいた。
「モンスターに同行するディオスの少年!実に興味深い」
グレッグは腕に突き刺さった大剣に根こそぎ生命力を奪われ再び膝をつく。黒騎士は舌打ちするとグレッグから大剣を引き抜き、ダガーを腰に戻した。
「おや、私が出てきては不服ですか?」
黒騎士は溜息交じりに答える。
「あんたに死なれたら困る」
僕は自分の背後の荒い息遣いに気づき振り返ると、そこには満身創痍の体で弓を引きスーツ姿の男に矢を向けるドルフの姿があった。
「おや残念、では引き上げるとしましょうか」
収穫は十分ありましたから、僕を見てそういうと、男は背筋が冷たくなるような笑顔をうかべた。
黒騎士とスーツ姿の男が去っていく、その後姿を見て僕は足の力が抜けて地面にへたり込んでしまった。
「こ、腰が抜けた……」
「無理すんなよジョッシュ、肝冷やしちまったじゃねえか」
グレッグは僕を力なく抱きしめる。その体温は普段の彼とは信じられないほど冷たくなっていた。
「ごめん、でもどうしてもほっておけなかったんだ」
「君の生命力を彼に分けるよ、このままじゃ危険だ」
パットの言葉に僕は無言で頷く。グレッグが知ったらきっと止めさせるだろう、パットの声が彼に聞こえなくてよかったと思った。
ドルフは仰向けに倒れこみ、片手で目を強く抑え、苦悶の表情をしたまま畜生と繰り返し呟いていた。




