222回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 33:追憶の森(28)
民間ギルドの人間達のみならず、日ごろ砦のモンスターに煮え湯を飲まされていたという酔っ払ったモンスター達にもあれよあれよと担がれた結果、僕は民間ギルドのエースと一騎打ちをする羽目に。
「どうしてこうなった」
グレッグはなぁに殺し合いじゃないし、ちょうどいい機会だから胸を借りるつもりで行ってこい。と言って助けてくれなかった。彼はスパルタ教師だったようだ、ドルフとやりあったと聞いて買いかぶられている気がする。
民間ギルドのエースはまだ若く、日々戦いに身を投じているといわれても信じられないような華奢な体つきの少女メリンダだった。頭にターバンを巻き、手にした長剣をバタフライナイフのように繰り、切っ先を僕に向けて睨みつける。
刃物を持った殺しのプロに見据えられ、どう考えても殺気としか思えない圧力をぶつけられるのがこんなに怖いとは。
戦闘開始の合図に鍋が叩かれ、彼女は迷うことなく僕に向かって距離を詰め剣を突き、振るった。慌てながら僕がそれを山刀で払い、逃げまどうように交わしていると、彼女は不機嫌そうな顔つきになり、次第にその攻撃の速度を速めていく。
全身を寒気が走り、嫌な汗がとめどなく流れ落ちる、そんな殺意に晒されているうちに、少しずつ僕の中の感情の熱が消えていった。そしてそれがあるラインを超えると突然感覚が研ぎ澄まされ始めた。僕の脳は戦う事のためだけに情報の処理を開始し始め、思考は薄れ、ただ微かに感じる衝動が表情を歪めるのを最後に感じた。
「戦ってる最中ににやけてんじゃないよ!」
そう叫んだメリンダが脅かしてやろうと入れた一撃を完全な”反撃”の構えで受け止め静止させるジョッシュ。彼の目にしか映らない光る異界文字が山刀の刀身にカウンタースキル発動と表示する。
刹那斬撃がメリンダを襲い、紙一重で交わした彼女の頬に一筋の傷をつけた。それ以降メリンダの剣戟は全て受け止められ、それと同じ数のジョッシュから放たれた斬撃が彼女の体を切り刻み始める。ジョッシュの首から下げたギルド証は漆黒に変色していた。
「こりゃちょっとまずいかにゃぁ」
そういって止めに入ろうと動いたリガーをグレッグは制止する。
「お前さんもしかしてこうなるってわかってたのかにゃ」
その問いに答えずグレッグはジョッシュを瞬きもせず見つめている。
ジョッシュが足を踏み出すと、前に進んだはずの彼の姿が影になって消え、数歩離れた場所に足跡が刻まれ、一瞬現れる彼の姿は次々に霞んで消えていく。
メリンダは自分の置かれた状況が理解できず、死角から首元へ突然伸びてきた山刀を切り払った。
「舐めるなァッ!」
彼女の叫びと共にその気迫が衝撃波を生み、彼女の剣にオーラを纏わせた。現れたジョッシュの残像を超加速したメリンダが次々に切り捨てていく。
二人の剣風が吹き荒れ、その場にいるもの達はその異常事態に息をのむ。
ジョッシュの突き出した山刀を、メリンダは今度は視認して剣で突きはらう。
「捕らえた」
彼女の切っ先が無数に増殖し、その斬撃が全方位からジョッシュを襲った。
「ジョッシュ!」
グレッグが叫ぶ、ジョッシュは身をひるがえして斬撃を交わすとメリンダの懐へ飛び込み、彼女の足を踏みつけながら顎へ掌底を突き上げる。
「うぐっ」
悲鳴を上げたメリンダの心臓めがけてジョッシュは山刀を突き出した。
次の瞬間ジョッシュは仰向けで地面に倒れこんでいた。意識が次第にはっきりしてくると彼は自分がグレッグに抱きしめられていることに気づく。
「どうしたのグレッグ、あれ、決闘ってどうなったんだっけ」
ジョッシュが身を起こしメリンダを見ると、そこには地面にへたり込み呆然とした様子のメリンダの姿があった。彼女の顔を見てジョッシュは驚き目を丸くした。彼女の頭に巻かれていたターバンがほどけ、あらわになったその耳はエルフの耳をしていたのだ。
ジョッシュの最後の一撃の瞬間グレッグが二人の間に割って入り、彼女は死なずに済んだ。しかし彼女のプライドにつけられた傷は深く、自負心は大きく揺るがされたままだった。彼女はただ唇を噛み、自分を圧倒したジョッシュを睨みつけている。
「一体何があったの?」
ジョッシュはグレッグに尋ねる。
「すまねえジョッシュ」
グレッグはただそういってジョッシュを強く抱きしめていた。




