216回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 27:追憶の森(22)
「おやおやギルドの支配人様が直々にお出ましとは、実に部下想いですな」
静寂を破ったのは砦側のブルドッグのような獣人のモンスターの一人だった。その服装や集団内の配置から恐らく彼が砦のボスなのだろう。彼はガットに向かって両手を広げて挨拶をするような動きをしてみせた。
「彼らは我々どもの砦を破壊し、構成員を傷つけ、処刑を受けるべき罪人を連れ去ろうとした。その埋め合わせをギルドはどう行ってくださるおつもりか」
彼の言葉に呼応するように、僕らを取り囲んだ集団は雄たけびを上げ、それぞれの手にした武器を僕らに向け距離を詰めた。しかしその状況にガットは眉根一つ動かさず、むしろ滑稽なものを見るかのように鼻で笑うと、地面に向かって指をさした。
「私の目的は彼らを助けるでも庇うでもありません、貴方方のテリトリー侵犯を咎めに来ただけです」
そういって彼が指を横に振ると、ボスの目の前の地面が抉れ、水平線まで続いているかのような一本の線が引かれた。
「それ以上進むのであれば宣戦布告とみなします、我らがギルド”煉獄の牙”に勝てるとお思いならば、どうぞお進みください」
その言葉と共に周囲の草木が一斉に枯れ、瘴気があたりを包み込み始める。夥しい数のなにかの気配がその場にいた全員を取り囲み、苦しむようなうめき声をあげ始めた。
「こ、この人数相手にお前一人で、勝てると思ってるのか!それに亡者共を使えば、こいつらだってみんな死ぬぞ!!」
声を張り上げるがボスは腰が引け、耳は下がり尻尾は丸まっている。
「亡者共の餌を確保するのも大変でして、ここで貴方方が判断を誤ってくれれば、彼らの餌の確保、それにギルドの邪魔者の処分まで出来て、私としてはとても都合が良いのですが」
そういって笑うガットを見て、ありゃ割と本気だなとグレッグは呟き、僕の視線に気づいたリガーが不安そうな顔で耳を伏せて何度も頷く。
砦のモンスターの一人が悲鳴を上げて逃げ出し、それに続いて雪崩のように隊列は瓦解し始めた。ボスが耳を立て、後ろを振り向いた顔はどことなく逃げ出す口実ができて嬉しそうな爽やかな笑顔。
「この借りはいつか代えさせてもらう!覚えてろよ!!」
そう言うボスに向かってガットはいつか僕にしたようにシッシと追い払うような手のしぐさをしてみせ、ボスと共に砦のモンスター達は全員逃げ出していった。
そんな彼らを見ていると、後ろでガットがわざとらしく大きなため息をついた。
「私は忙しい身なんです、煩わせないでくださいね」
そういって歩き去っていこうとするガットに、僕は駆け寄ると声をかけた。
「助けてくれてありがとう」
その言葉を遮るようにガットは手のひらを僕に見せ、頭を横に振るといかにも不本意だという顔で僕を見た。
「これ以上先に行かせると彼らは人里を無差別に襲撃するでしょう、そうなれば人間達はモンスターに対して警戒心を強める、結果ギルドの運営にも支障がでる。それを避けるため、仕方なくです」
念を押すようにガットは僕の目をじっと見つめる。その表情は厳しい。
「勘違いはしないように、私はあなたが嫌いです。クズ共を増長させる余計な薪にしかならないお人よしもね」
そういってグレッグを僕の肩越しに睨むと、鼻を鳴らしてガットは踵を返し。彼を包むようにつむじ風が吹き、彼の姿は消えてしまった。
呆然としていた僕にグレッグが肩に手を乗せた。
「ひとまず帰るか、ちいとばかりガットからお小言食らうかもしんねえけど。お互いにな」
そういってグレッグは子供っぽく笑う。その笑顔を見ると僕は妙に胸がほっとする。グレッグが笑ってくれるなら、それで全てがいいと思える。
「うん、帰ろう」
僕は彼にそう答えた。沈みかけた夕日を追いかけるように、僕らはギルドのある街へと歩き始めた。




