212回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 23:追憶の森(18)
ドルフの放つ斬撃を木の根を伸ばし弾く、しかし彼はそのたびに切っ先をわずかにずらして剣を跳ね上げ次の剣閃をこちらに放ち続ける。その速度は次第に早くなり、対処が追い付かなくなった僕の体からは滝のような汗が流れ落ち始めていた。
黒い肉塊はそんな僕を耳障りな笑い声であざ笑う。僕にはドルフが剣を持った人型の生き物ではなく、目にも止まらない打撃を放ち続ける抗いようのない暴力の化身のように見え始めていた。
汗が目に入り意識がそれた一瞬、ドルフの一撃が僕の脇腹を捉え、骨がへし折れる音とともに僕の体は宙を舞っていた。気道に血が詰まり呼吸ができない。地面を転がりながら血反吐を吐き僕は咳こみながら必死に酸素を体に取り込む。
不幸中の幸いガードの木の根は間に合ったが、防ぐ距離が近すぎて彼の斬撃が木の根ごしに僕を抉った。速さだけではない、その威力も次第に増している。
呼吸がうまくできないのは恐らく怪我のせいだけじゃないと僕はさとる、痛みで目からは涙が溢れていた。カッコ悪いったらないなと僕は自嘲する。きっとグレッグならこんな時だって雄々しく吠えながらドルフに真っ向と向かっていっただろうに。
『逃げよう、もう限界だよ』
その声は森の中で聞いた少年のものだった。僕は琥珀のダガーを諭すように握りしめる。
「痛いし怖いよ、だけどやるしかないんだ!」
『強情っぱりなご主人様だ、死んじゃっても知らないよ』
その言葉とは裏腹に少年の声はどこか嬉しそうだった。琥珀のダガーが脈打つのを感じてみると、内部の光が強くなっていくのが見えた。それは僕の鼓動と同調するように次第に大きくなって、爆発するように強くなっていった。
ドルフのこれまでにない強烈な斬撃が迫る、確実にこちらを殺しに来ている、木の根を使っても防ぎきれない必殺。僕は退かず彼を見据えて一歩踏み出した。
「うわぁあああああああああああ!!」
突き出した琥珀のダガーから放たれた光がドルフの黒い肉塊を貫き、黒い肉塊は沸騰するかのように全身をブクブクと泡立たせ、膨張し、こちらの鼓膜が破れるような悲鳴を上げながら爆発した。
黒い肉塊の内部から迸った光の奔流が周囲の闇を照らし、気が付くと僕とドルフは元の空間に戻っていた。
ドルフは糸の切れた人形のように地面に倒れ、僕は膝をつき、残り時間を確認するために時計綱を掴んだ。燃えカスになったそれが手の中で崩れ、砦の各所に仕掛けられた爆弾が爆発する轟音が響き始める。
ドルフが僕の腕を掴む。
「グレッグ……隊長は、俺の……」
息も絶え絶えに剣を握ろうとする、彼のその目には涙があった。
地鳴りのような音とともに通路の奥から砦が崩壊していく。僕とドルフはがれきの中に飲み込まれていった。




