206回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 17:追憶の森(12)
グレッグはそこかしこに苔が生え、粘っこいヘドロにまみれた暗い牢屋の中にいた。
そこは人間にまだ支配権を奪われていないモンスター達の砦の一つ。ギルドが管轄するテリトリーの外にある場所。つまり同じモンスターであっても、命の保証はされない場所に彼は拘束されていた。
彼は地下水が天井から漏れ落ちてくる音を聞いて目を覚ます。砦のモンスター達に捕縛される際に、全身を滅多打ちにされた傷が体を焦げ付かせるように痛む。しかしそれでも彼の精神を現実に引き戻すには足りなかった。
目を覚ます度に彼の脳裏にグレッグに首を絞められるジョッシュのあの光景が蘇り、取り返しようのない過去を刻んでしまった今を生きる絶望が彼の心を埋め尽くす。
「いっそ二度と目が覚めなければ……」
そう呟く彼の傍に一人の見慣れないモンスターの看守が近づいてきた。
「処刑も近い、何か必要なものや言い残すことはないか」
グレッグは看守のその言葉を鼻で笑う。
「なにもねえよ」
言い残したい相手も自分で壊してしまった。そう彼は心の中で言った。彼は自分が生きている限りその繰り返ししかないのだと絶望していた。生きている限り他者とは自分が望まぬとも傷つけるものであり、望まぬとも彼を憎悪するものであると。
「む、本当にないのか?気になる人とか、いるんじゃないのか?やり残したこととか」
「しつけえぞ、ねぇったらねえよ」
そういってかび臭い毛布を被った彼に看守は笑う。
「ごめん、ちょっと意地悪しすぎちゃった。僕だよグレッグ」
そういった彼にグレッグが目を向けると、看守は胸の銀色の板に触れ、その姿を人間のものに変化させ、今までモンスターの看守だった者はジョッシュへと姿を変えた。
「なっお前、どうしてここに」
「意外と声で気づくとかないんだね、でも確かに今はそれどころじゃないか」
そういうとジョッシュは牢屋の鍵を開けた。今まで彼にだけ意識が向いていて彼は気づかなかったが、その鍵の本来の持ち主であろう看守の一人が通路の奥で倒れていた。
「潜入なんて一般人の僕にできるかなと思ったけど、プロの泥棒の道具を借りたら素人でもなんとかなるもんだね」
倒れた看守を見ているグレッグに気づいたジョッシュは、扉を開きながらリガーから借りた麻酔吹き矢の筒を彼にひらひらと振って見せる。
「お前、もしかして俺を助けに来たのか?あんな目にあったのに」
「そう、あんな目にあったから、理由をたっぷり聞かせてもらうために助けにきました」
腰に手を当て、ジョッシュは咎めるような顔でグレッグに指を突き立ててそういった。
「酷いじゃんか、相棒をほったらかしてどっかいっちゃうなんて」
「ジョッシュ……馬鹿野郎お前、俺なんかのために」
目を潤ませたグレッグを見てジョッシュは和らいだ表情を浮かべる。
「話をするにももっと落ち着ける場所の方がいいよね、こんな場所早くおさらばしよう。しんどいかもしれないけど、ここからはグレッグの力が頼りだから踏ん張って」
「どうするつもりだ?」
「この砦をぶっ壊すのさ」
「は?」
グレッグがジョッシュに問いかける間もなく、爆音が鳴り響き砦全体が揺れた。




