191回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 3:ようこそ!混沌世界へ(3)
「おいガット、新入りだ」
グレッグは燕尾服を着た羊獣人の男を呼び止め僕の背中を叩いた。
「それじゃ俺はもう行くわ」
「あ、あの。ありがとうグレッグ。初対面の僕に親切にしてくれて」
歩き去ろうとしていたグレッグの背中がビクンと痙攣し、彼は肩越しにこちらを振り返る。
「お前変なやつだな、俺にお礼言うなんてよ」
グレッグは複雑そうな表情を浮かべると再び歩き出す、その尻尾は勢いよく左右に振られていた。
「ジョシュア様ですね、お待ちしておりました」
「え、あ、はい。よろしくお願いします執事さん?」
「ええ、わたくし羊の執事でございます」
「ふふっ」
「ふむ人間にしては見込みがありそうですね、いいでしょうあなたを殺すのは最後にしておきます」
「?」
殺すって言った?なんで?と頭に疑問を浮かべる暇もなくガットはすたすたとギルドの受付カウンターに向かい歩きだし、僕もその後に続いた。
「話は概ね承知しております、このギルドに参加したい、そして記憶が混乱しているので常識的な話から説明が必要。こんなところでよろしいですね?」
そういうとガットは壁の不思議な図形を描いた地図を指さした、中心に黒い太陽、その周辺を外殻のように囲んだ都市名などが書かれた大地があった。
「この世界は混沌の渦を中心に大地が包み込む形で形成されています。混沌から大地に落ちてくるものを資源としているのですが、それにはクリーチャーも含まれるのです。なので我々の主な仕事はクリーチャー退治と混沌構成物ないしクリーチャーにより引き起こされる異界侵食対策が主な仕事になります」
一息にそういうとガットは身軽にカウンターを飛び越え中に入ると、カウンターの下からグレッグの持っていたものと同じ金属製のエンブレムを取り出した。
「こちらがこの闇ギルドの身分証となる魔法銀ミスリルでできたプレートになります、どうぞお持ちください」
言われるままにプレートに手を触れると、プレートにかすかな熱が生じ、何も描かれていなかったはずの裏面にジョシュア、新人冒険者、種族人間。と刻印された。
「人間共は我々とクリーチャーの区別がつきませんので見た目をこのミスリルプレートを使い変えています。人前にギルドの者がモンスターの姿を晒すのは戦争クエスト時くらいですね」
「戦争?ギルドが戦争に関与するんですか?」
「必要とあれば、我々は人間たちのギルドとは少し異なります。今は行政機関としての側面も持っていますので」
なんだか難しそうな事情がありそうだと思った僕はガットに言った。
「差支えなければ人間とモンスターとの間の歴史みたいなことも教えていただけますか?」
そう僕が口にした途端周囲が静まり返り、ガットの表情が寒気を覚えるほどに歪んだ気がした。それはほんの一瞬で、すぐにまた喧騒は戻り、ガットは穏やかで親切そうな羊顔の壮年紳士の顔をしていた。
正直今すぐこの場所を出て安全なところに逃げたい、でもここと関わっていかなければいけないのなら僕には知る必要があった。そしてそれはモンスターの側である彼らから聞かなければ恐らく知ることはできない。
ガットは僕の顔をじっと見つめた後、目を細めるとこの世界の歴史を話し始めた。




