187回目 26:聖櫃の少女(3)
「キョウカその姿はいったいどうしたんだ?仮装とかじゃないよね」
そういってしげしげと見つめるウィルの目には、キョウカの意思に従って動いてるようにしか見えない耳と尻尾があった。
「先輩のお父さんの使う対魔気功術の同門みたいなものです。こっちが本家ですけれど」
確かに人の身のまま魔獣の力を使う彼女の様子からウィルはデミィの使うそれとは違うものを感じた。
「それじゃ戻りましょうか」
「戻るって、抜き身の太刀街中で持ち歩けないんじゃないかな」
「ああこれですか、これ実物じゃないんですよ。この太刀は私の生まれ持った魔獣の血の特性を具現化したもの。名は狼牙、つまり私が魔獣になった場合牙として生成される部分ですから術を解けば、ほら、ね?」
そう言ってキョウカが元の姿に戻ると、彼女の手にしていた太刀も風に溶けるように消えた。
「体の一部ってそれにしては刀でかくない?」
「うちの家系カテゴリー4なので、魔獣になるとこれくらいのサイズの牙になるんでしょうね」
「昔おじさんから聞いたことがある、ヴァリスの国家では魔獣の血統における脅威度のカテゴリー3から監視対象、4から政府の管理下に入る。だっけ」
ならなぜキョウカは一般人として普通に生活をおくれているのか。
「私の家は代々調停者って組織に属してまして。調停者に所属するものは国の制限を受けないんですよ、なにせ国籍自体ありませんから。書類上は私たちの存在はないことになってます」
「偽造国籍を使ってるわけか、なんだか訳ありな経緯があるんだね」
そして正体をこうしてウィルに話すという事にも恐らくなんらかの意図があるのだろう、そう彼は思った。
「あのさ」
そうウィルが話しかけたとたんキョウカは髪を逆立て牙をむき出しにした。
「なんか気に障ること言った?」
おずおずとウィルがそう尋ねるとキョウカは病院の方角を見据えた。
「病院の方に魔獣が出ました、しかもかなり強い。ごめんなさい先輩、私先に行きますね!」
そういって再び狼の耳と尻尾を出し、彼女は建物の屋上へと一飛びしそのまま跳躍を繰り返して病院に向かった。
ウィルも全力で走り病院へと向かうと目にした光景にくぎ付けになった。
なにかを中心にして放たれた冷気であたり一面が氷漬けになっている、人も何もかもが凍っていた。その中心に一糸纏わぬ姿のレミアがいた。
レミアが目を開きウィルを見た。彼女に近づこうとしたウィルをキョウカが静止する。「あ、そうか。この状況で俺が動くのはまずいね」
「え?」
そういってキョウカがウィルを見ると彼は毛恥ずかしそうに赤い顔をして目を塞いでいた。
「あぁはい!そうですよ先輩、ここはキョウカにお任せです」
キョウカはレミアの傍に近寄り、ブレザーを脱いでそれを彼女に差し出した。レミアはブレザーを受け取りながら彼女をみる。その目には警戒と疑念の色があった。
声に出さずウィルに感づかれないようにキョウカはレミアに問う。お前は何者だ、と。
レミアはそんな彼女に対してただ寂しげな顔をしてブレザーを羽織り、自分を遠くから心配そうに見つめるウィルに微笑んで見せた。




