183回目 22:乱気流(1)
突然ウィル達の近くで大きな音がして彼らが身を隠しながら様子を伺うと、大きなツノのある頭まですっぽりと鎧を身にまとった大男が片手に人影のような物をぶら下げているのが見えた。そして大男はそれを近くの木箱に叩きつけ粉砕させる。
人影はハイエナ姿に獣化した老紳士だった、高級そうな燕尾服も今は見るも無残にズタボロで、悲鳴すらあげられない様子の老紳士の口からは鮮血が流れ落ちている。
「これ……まずいんじゃないか」
ウィルが身を乗り出しながらそう言う。
「でも警察なんて呼べないぜ?俺たちまで捕まっちまうよ」
マークはすっかり腰が引けている様子だった、無理もない話だ、この場で冷静でいられるような経験をしているのはおそらくウィルだけだった。
「マーク、レミアの事頼めるか?」
マークはウィルのその声のトーンに嫌な予感を覚える。
「ああ、だけどお前どうするつもりだよ」
マークがそう言い切る前にウィルは茂みを飛び出し大男の元へ駆け出していった。
「おまっバカ!ウィル!お前でどうにかできるかよ!」
「俺が時間を稼ぐ!マークは警察を呼んでくれ」
「畜生ッわかったよ、殺されんじゃねぇぞウィル!」
そう言ってマークがレミアと走り去る音を聞きながらウィルは大男と距離を詰める。
大男の注意はマークの大声でウィルに向き、老紳士を持つ手が少し緩んだ。ウィルは走りながら大男の足元にレイスを集中させ指を鳴らして炸裂させた。
「むぅ?なんだこれは、子供のイタズラか?」
大男は音に怯んだと言うよりもその状況下でそんな手を使われたことに意表を突かれたようで集中を解く。
ウィルはまだ練習している途中の魔法を地面に発動させそこに勢いを乗せて飛び乗る。その時硬い石畳が柔らかい布の様に沈んでウィルを中空へ押し飛ばした。
運動音痴のウィルは姿勢を崩しながらも狙いは見失わず、老紳士の胴体を掴むと空中で身体を捻り全身のバネを使い彼を大男の手から引き離した。
「うわあ!!」
ウィルは地面に衝突する瞬間悲鳴をあげて身構える。着地に失敗し不恰好な形で地面に叩きつけられ、ウィルと老紳士は転がっていった。全身がバラバラになる様な苦痛の中、ウィルは老紳士の口元に手を当て呼吸を確認するとホッとため息をついた。
ウィルが使った魔法はバウンド、物体をトランポリンのように弾ませる魔法だ。
「小僧、貴様ふざけているのか?なぜ攻撃魔法を使わずこのような、シャムシールの誇り高き祖霊の力を愚弄する気か」
大男は側にあった標識を引き抜くとそれを地面に打ち付け、石畳を粉砕した。ウィルが彼の足を見ると足には蹄が、先端にのみ毛がついた長い尻尾がゆらりと揺れ、その頭のツノも兜の飾りではなく男の自前のものだとわかった。
「まるでミノタウロスだ」
斧のような標識を掲げたその姿を見てウィルは思わず口にする。
「ほざくか小僧!ぬぅん!!」
牛男は標識を猛烈な速度でウィルに向けて振り下ろした。




