180回目 19:願いの対価(2)
「それでウィルは魔法をどれくらい操れるようになった?」
「パーティに使えそうな奴だけ……」
言葉を濁すウィルに渋い顔をするブロワ、きょとんとした顔を浮かべている女の子。
「お、そこにいる女の子もシャムシールの生まれかな。隅に置けないじゃないかウィル、紹介してくれよ俺達も長い付き合いだろ?」
「いや、今日はいろいろあってうちに泊まってもらう事になっただけだから」
ウィルはブロワにそう返すと背中を何かが伝う感触に驚く。彼が顔だけ振り向くと女の子がウィルの背中に隠れるようにそこにいて、ウィルの背中に指を伝わせていた。
「あ、これ文字だ」
「なにしてるんだ?」
「ちょっと待ってて」
背中をのぞき込もうとするブロワを制止しながらウィルは彼女の書く文字に意識を集中させた。
「レミア、かな。君の名前?」
ウィルが自分の肩越しに女の子を見ると彼女は小さくうなづいた。
「綺麗な名前だね」
ウィルがそう言って微笑むとレミアは顔を赤くして大げさなくらい首を横に振って顔を手で覆い隠して指の間からウィルを見た。
「俺なにか悪い事した?ごめんね」
ウィルが申し訳なさそうにそういうとレミアはことさらに首を横に強く振った。
「って事でレミアって名前なんだって」
「ウィル……恐るべき朴念仁ぶりだな逆に感心したぞ、まぁ初々しいともいうのかもしれんけども。お嬢ちゃん俺はブロワ、赤ん坊の時からこいつの面倒をみてる奇特なおじさんだ。よろしくな」
ウィルの背中に隠れたままレミアはブロワに会釈し、ブロワはウィルにするよりも人当たりの良い優しい笑顔でそれに答えた。
「前も言ったけどお前本当は魔法使いの方が向いてるんだからな?」
「あんまり大した違いでもないでしょ」
「でた生まれつきできることは世界基準で普通だって思い込むやつ」
二人の会話に再び置いてけぼりな表情を浮かべたレミアにブロワは眉を上げる。
「そうかレミアちゃんも魔法に関しての知識はあんまりないんだな。ここはヴァリス皇国の領土で魔法使用にも免許がいるし、子供に魔法の知識を与えない親の方が多いって聞くしなぁ」
そういうブロワの言葉にウィルが怪訝な目を向けたのを察した彼は流れるように背広の内ポケットから一枚のメダリオンを取り出した。
「ちゃんと持ってるんですよ俺は、魔法免許」
「へぇ免許の期限いつまでって刻印されてるか見せてくれる?」
近づいてきたウィルの目に止まらないようにブロワはメダリオンを内ポケットにしまい込み咳ばらいを一つ。
「ウィル!レミアちゃんに説明がてら魔法の基本についてのおさらいと行こうじゃないか!」
とわざとらしく大きな声を出しながらブロワはテーブルの上の花瓶に活けられた三本の花を指さした。
「やれやれ、そんなわけだから少し付き合ってくれる?」
そういうウィルにレミアは頷く。
この世界の魔法の法則はウィルにとってはあまり馴染みのないものだった。呪文を詠唱するとか、魔方陣を描いてとかをなしにコントロールしなければならない。そこがウィルが苦手意識を持つ理由の一つだ。
「シャムシールなら誰でも大なり小なり魔法の発現は可能だが、基本的にはコントロールの問題だな。高度な術式を利用することが一部の人間にしかできないのもそこが壁になるからだ」
ブロワは身構えて魔法を放つ準備をする。
「近距離なら自分の拳に乗せて放つって事も可能だが、距離が遠くなれば遠くなるほどコントロールが難しくなる。距離の把握、座標の補足、あとは発現する魔法の強度の問題」
そういって彼が指を鳴らすと、花ではなくテーブルの上のコップが砕け散った。
「あ、父さんのお気に入りの奴……」
「おほん、まぁこんな具合で普通はまず当たらない。そこを補うために使うのがこれだ」
ブロワは一欠片の紫色に輝く宝石、魔石を二人に見せた。
「魔石はレイスを一時的に封入する器として使える、つまり当てるための魔法は一度魔石に封入して」
流れるようにブロワはポケットから取り出したスリングを使って魔石を赤い花に命中させ、次の瞬間花は赤い霧となって広がり消滅した。
「こうやって使うもんなんだ、はい次ウィリアム君」
気乗りしないという顔をしながらウィルはブロワと立ち位置を交代した。
横目にレミアを見ると彼女は両手を握りしめてウィルを応援するように体を大きく上下させ、ウィルはなんだか顔が熱くなるのを感じた。深呼吸をするとウィルは目を閉じる。視覚が閉ざされるのと同時に集中が進むにつれて聴覚触覚も閉ざされ完全な暗闇の中にいるような感覚が彼を包み込んだ。そこで感じるのはかすかな光の軌跡、いくつかのレイスの存在。レイスがウィルの耳元で理解できない言語を囁き始め、闇の奥底の何かの気配が彼を見つめているのを感じる。そこにいるとウィルは自分の存在がそのまま闇の中に消えてしまいそうな感覚になる。それが彼にとって魔法を敬遠させる理由の一つだった。
意識を傾けていたレイスの輝きが強まるのを感じ、ウィルは目を開き指を鳴らす、一瞬彼の目に金色の光が走った。
ウィルの指の音がなるのと同時に今度は青い花が青い花びらの吹雪になってあたりに弾けた。その光景にレミアは見惚れ、その様子を見たウィルは満足げにどや顔を浮かべる。
「本当に宴会芸みたいなのしか練習してないんだな」
ブロワが苦笑いしているのを見てウィルはふくれっ面をした。
「人がいい気持になってるときに水を差すんだから」
「とまぁつまりウィルはどういうわけか魔石を仲介しなくても狙った位置に魔法を発現させられるってわけ、まさに稀有な才能、伸ばさなきゃ損だと思うだろ?」
そう話を振られたレミアは自身もウィルの真似をして残った花に向けて指を鳴らし、うっとりした顔をしながらブロワに頷きウィルを見た。
「でもちゃんと魔法使いとして一端になるには時間がかかるんだよ」
ウィルが魔法を敬遠する最後の理由はそれだった。魔法使いとして生きるためには莫大な量の技術と知識を身につけなければならず、それをしていると必然的に彼がやりたいことができなくなる。
ウィルは無意識に首にかけたペンダントを触れた。その様子をみたブロワは少し声のトーンを変えた。
「あっちの方はどうなんだ?」
ウィルは首を横に振りブロワを見た。
「小説の方は相変わらずだよ」
「そうか、苦戦してるねぇ」
そういってブロワは椅子に腰を下ろすとグラスにワインを注ぎそれを揺らして見つめる。
「必須項目は手の速さだ、手数の多さは才能を凌駕する場面が大きいんで一応覚えておくように」
「うん、正直少し申し訳ないとは思ってるんだ。時間かけすぎてるよね俺」
「こっちは趣味で付き合ってるだけだから気にすんな、肩の力抜いて楽しくやってるなら文句はねえよ」
そういうと彼はワインに口をつけた。
「おじさん父さんや俺に対して凄く付き合いいいのに、その性格で奥さんいないの不思議だよね」
ウィルのしみじみとした感のあるその言葉にブロワは思わず口の中のワインを吹き出す。
「お前ってばいつも一言余分なんだよなぁ……」
あ、そうだ。何かを思い出したようにブロワはそういうと、ポケットから舞台劇のチケット封筒を取り出した。
「今度の日曜日にやる舞台のチケット、俺は仕事で行けないんでお前にやろうと思ってな」
「へぇ、この封蝋印ってあの上流階級向けのアリーナホール劇場の奴?」
「さすが年頃は目ざといね、しかも今大人気の歌姫メアリーベリー主演ときた!行ってこい二人でぇ!」
「渡し方がおっさん臭いし目つきが嫌らしいぞ、まぁ貰っとくけど」
ウィルがレミアを見ると彼女は静かに笑っている。ウィルは心の中でこの状況はどうするべきなのかと何度も自問自答しつつも、封筒の中のチケットに書かれた脚本家の名前に目が止まった。
コーディ・ロックウッド、それはマークの兄の名前だったからだ。




