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174回目 空の騎士 13:本当の気持ち

 小さな木の枝を揺らしながら少女が秘密の通路から現れる。

 少し出てきた時間が早かったのもあるだろうが

 その光景は騎士と来た時とはもう大分様子が変わって見えた。


 景色の線が太くはっきりしているというか、細かなところまでしっかりと見えるそれはなにか味気なくもそれまでにない美しさも感じる。


 彼女は小川のほとりに立つ。

 舞台のような感覚は相変わらず、ただいつものような高揚感は少女にはない。


 籠を地面に置き、ふたのようにかけていたハンカチをたたむ。

 少女はその中から何本もの木を取り出して、たきぎを組んでいった。

 そして木に埋もれた籠の奥に、空の騎士の歌物語の本があった。


 月明かりの下彼女はそれを取り出すとページをめくる。

 本の内容はこうだ。


 生まれついての毒のためにあちこちで死をばらまき、孤独になった一匹の小鳥がいた。

 でもそんな小鳥にも友達がいた、空だ。

 小鳥は空のことを空の騎士と呼んでいた。

 その話を聞いたものはみな空に騎士などいないと笑ったが、小鳥だけはずっと空を見上げていた。


 やがて行く場所を失い小鳥は誰もいない深い森の中に迷い込んでしまう。

 そこでも小鳥の毒は収まらず、小鳥を包んだ森は死に絶えて食べる物も失ってしまった小鳥のその美しかった羽も次第に汚れてぼろぼろのみすぼらしい姿になった。


 そしているうちに訪れた冬の寒さの中凍えながら、でももう誰も死なせないために

 小鳥はもう彷徨うこともしないでただ雪の降る空を見上げるのだ。


 空はいつもそこにあった。

 小鳥が産まれたときから果てるときまでときまでずっと一緒だ。

 小鳥はいつか空の中飛びたいと願っていた、今はもう果たすことも叶わない夢をもっていた。


 小鳥がそっとそのボロボロになってしまった翼を空に伸ばし、その横顔に触れようとする。

 すると突然空を覆っていた雲が晴れ、青空がまるで騎士の姿のようになって小鳥を迎えに来たではないか。


 小鳥は喜びながら空の騎士腕の中に飛び込んでいく。

 そして二人は天高く舞い上がる。

 小鳥は小さな翼を大きく羽ばたかせ嬉しそうにいつまでもいつまでも歌うのだ。


 歌物語の本はそこでしめくくられている。

 いつかひとりぼっちになることを恐れていた幼い日々、少女はこの本を読んでかすかな希望をわけてもらっていた。


 彼女は本を抱えながら、火打ち石で薪に火をつける。

 火は少しづつ広がっていく。

 少女は両手で大事そうに本を持ち、その赤い炎の中にそれをくべた。


 パチパチっと音があがる、端から少しづつ本が焦げ火がついていった。

 そして本は、炎の中で蝶のようにページを羽ばたかせ始めた。


 虫たちの歌が始まり、少女は不思議に思い立ち上がる。

 なんだか背中の方がむずむずした、

 誰かの気配がする。


 彼女は期待と不安の入り交じった表情で後ろに振り向く。


 その視線の先の闇の中から、小さな足音が聞こえた。

 それは次第に近づき大きくなって、一人の人間の姿になる。


 少女のそばにその人影が立つ、少女はただ彼の顔を見上げている。

 薪の火のかすかな灯りに照らされた騎士の顔が、少女に向けられ微笑んでいた。


 彼はいろいろ事情があって隠れていた、という。

 そしてこれから逃げなくちゃならないんで、少女にお別れを言いに来たのだと言った。


 あわてて待って。と少女は引き留めた。

 そして彼女は一つ深呼吸すると、精一杯真剣な顔をして、

 ほんの少しだけ、時間をください。と言った。


 騎士は彼女を覚えておこうとするように、その暖かいまなざしで見つめたあと。

 ああ、と静かに答えた。


 そこへ星空の中から二人の元に一匹の鳩が鳴き声と羽音をさせて飛んでくる。

 騎士の伝書鳩であり、長年の相棒のハマーだ。

 騎士はバードコールで遊んだあの時のようにハマーを指に乗せ少女の肩に止まらせる。


 少し微笑む二人。


 二人はそのまま言葉もなく抱き合うと、空を仰ぎながらキスをする。


 星空と虫の声、静かな森と小川のせせらぎ

 そして空に舞い上がる赤い光の鱗粉が二人をただ見守っていた。


 少女は瞳を閉じる。


 自分の中に生まれた心の枝の感触を確かめながら。

「自分のしてしまったことは消せない、消そうとしてもいけない。ありのまま全てが自分だと認めて、今どうするかが大事だって事を教えてくれた」


 それはいろんな人の、心を感じるための大切な物。

 騎士との出会いで育まれた決意の力でようやく芽生えた物。

 彼の胸に頬を押し当てその温もりを感じる。

「これから先きっといろんな事がある、辛いことも悲しいことも楽しいこともみんな必ず出会う明日だから」


 少し不安はある、でも少女は確信している。

 騎士の匂い、その感触を確かめるようにその小さな手で彼の体をたぐり寄せながら。

 今その気持ちを伝えるために、一生懸命言葉を紡ぎ出す。

「だけどなんとかやっていけるとおもう」


「そうか」


 騎士の優しい言葉が彼女に響く。

 思わず彼にすがりついて、甘えたくなる自分を押さえて、少女は騎士に今の自分の精一杯の力で答える。


「だから、もう・・・大丈夫」


 少女がゆっくりと瞳を開けると、一瞬月明かりに照らされた騎士が一人の女性を見る顔で何かを言っているのが見えた気がした。


 彼女は彼をしっかりよく見ようとまぶたを開く、そこにはもうどこにも騎士の姿はなかった。


 少女の腕の中にはただ彼の剣が抱かれている。

 少女は剣を抱きながら悲しげな表情を浮かべる、しかしその瞳にはもう涙はなかった。


 今のは素直じゃなかっただろうか、いっそ思いっきり甘えて騎士を困らせれば良かっただろうか。


 だけど本当の気持ちを伝えるのはもう少し先にしよう。

 少女は剣をぎゅっと抱きしめる。


 もっと一杯強がって、もっとたくさんの事を知って

 誰よりも本当の自分がわかるその時、

 きっとその時にはまた・・・。


 彼女は少し顔をぷるぷると横に振るとぽんぽんと頬を叩き、にこっと笑顔を作る。


「行こっか」


 少女が元気よく肩に止まったハマーにそう言うと、ハマーはホーゥと一声鳴く。

 少女はきびすを返すと歩き始めた。


 一歩、また一歩。

 踏みしめるように力強い足取りで。


 一歩、そしてまた一歩。

 彼女は少しづつ前に進んでいくのだ。


 優しい風が吹き、たくさんの綿帽子がふわり、ふわりと旅立っていく。

 少女の周りをたくさんの綿帽子が舞い踊る。

 柔らかく暖かい雪に包まれていく光景の中を、少女は綿帽子と共に、ただ歩き去っていった。

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