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170回目 空の騎士 9:色彩の社交界

 暗い森はじめじめとした湿気と、重苦しい闇を抱いている。騎士はその中を一人城に向かっていた。

 まだ冷め切らない聖痕の苦痛のため、よろよろとおぼつかない足取りで少女と顔を合わせた時どんな表情をすればいいのか、なにを話したらいいのか考えてはため息をつく。汗がにじんだ顔を拭くと彼はふと笑った。そういえばあの城へついてから一度もひげも剃っていなかった。

 自分らしくない、そう彼は思った。


 そしてやがて彼は城にたどり着いた。

 始めに着た時と違い今回は跳ね橋が降りているのがありがたかった、とてもじゃないが今の彼の体では歩くので精一杯だ。


 城にはいるとかすかに匂いがする、これも始めてきた時には感じなかったがここにあってその味を味わったからだろうか。

 ほんのかすかに作物と木イチゴの甘酸っぱい匂いが風に乗って彼を出迎えている。


 少女はどこだろうか。

 彼は疲れた体に無理をおして彼女を捜す。


 畑だろうか、しかしそこには彼女はいなかった。


 台所にもいない、食堂に行くと花瓶の花は新しく変わっていたが少女の姿はなかった。


 だとすると虫たちのいる小川だろうか。

 騎士がそちらに向かおうとした時、オルガンの音色が響いた。


 騎士が音色をたどりたどり着いた先は聖堂のような場所だった。

 少女はそこで一人オルガンを弾いていた。

 騎士の足音に気づいた少女は手を止めると、近づいてくる彼の方に振り返る。

 大人っぽい服装の彼女はどこか気品が違って見える、少女は立ち止まって苦笑いで困っている騎士の側に歩いていくとしたから彼を見上げて微笑む。

 でもその笑顔までまるで大人のように着飾ったものに見えて、彼は一瞬とまどった。


 少女はその場所はこの城の主の儀式を行う場所だと説明した。

 奥にはめられたステンドグラスに描かれた紋章、それと同じ紋章の描かれたペンダントをさげている少女。

 彼女はこの国の姫だったのだと、騎士に継げた。


 少女の今着ている服は母の着ていた物で、一度だけ着てみたかったのだと彼女は照れくさそうにいうと騎士の前でひらりとすそをはためかせた。


 少女はそっと両手を前で組み、昔を懐かしむような顔でステンドグラスから差し込む光を見上げる。

 身分のためと国の財政難で荒れている状況から少女は昔から一人きりの時間が多かったのだという、そうしたとき彼女は歌や音楽を奏でていた。

 それらはけして裏切らない彼女の最良の友なのだという。


 歌はいつでも少女の体を暖かく包み、ひとりぼっちじゃないんだと教えてくれる。

 あの夜歌ったあの歌は歌物語という絵本のような物の一種で、幼い頃から親しんで読みふけり覚えたのだという。

 少しだけ悲しい話だけど、彼女はそれでもその歌物語が一番好きなのだと。少女は語った。


 少女の光に揺れる背中を見つめながら騎士はただ黙って彼女の話を聞いていた。

 彼がある話を切り出そうとした瞬間、彼はあたりを取り囲む数羽の鳩に気づいた。高くから少女と騎士を見下ろすそれらはスレイヤーの使いともよべる専用の物だ。

 今それが一堂に会して一つの場所にいることはつまり、スレイヤー達の彼に対する集合の合図だった。

 昨日に見た手紙の内容が騎士の頭の中にフラッシュバックする。


 騎士は少女の手を取ると、急いで走り出した。

 とまどう少女に騎士は魔物が襲ってきた時、少女が隠れていた場所の在処を尋ねた。

 スレイヤー達と幾人もの兵士達がついにこの城に来る。


 彼女を守らなくてはいけない、今から城の外に逃げていては間に合わないだろう騎士は必死だった。彼女の手をとるその手の力の強さに少女は彼をじっと見つめていた。



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