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169回目 空の騎士 8:ドロップ・イン

 騎士は一つの方向を見るとそこで視線を止めた。

 その先には高さが大の大人の男二人分ほど、筋肉質の力士のような巨体の影。

 魔物だ、警報機のレッドアラームの振動は経験を積んだスレイヤーならば見なくてもわかる。あれはオーガと呼ばれる族種のスレイヤーでも一人では手を焼く類の輩だ。


 彼はオーガに睨みをきかせながら、顎をしゃくり少女に城に戻るように指示する。

 騎士の様子にとまどっていた少女も、胸にぎゅっと拳を押しつけて気持ちを落ち着かせこくんと一つおおきく頭を振ると力一杯入り口に向かって走っていった。


 最初はゆっくりと、しかししだいにオーガの歩速は早くなりその歩く重低音がだんだん大きくなる。

 騎士はそれに向かって全力で駆け出すと剣を引き抜き間合いを詰めていく、そして後ろ手に腰のポシェットから昨晩入れておいたランプを取り出し、一度軽く上に投げて握り直す。


 オーガの手にしたまるで巨木そのままの棍棒が走る速度と比例して自然と浮かび上がる。

 いまだ!

 騎士はランプをすぐ前にまで迫ったオーガに向かい投げつける。オーガは反射的にそれを落とそうと棍棒を振るった。棍棒は城のアーチ型の廊下の天井に食い込み、廊下を崩壊させる。

 騎士は高く飛び上がると、ガレキの中をすり抜けきらりと日の光に反射するランプを見つけ逆さの状態のまま剣を構えると着火部分に振りこみ、火花を起こしランプに火をつける。

 火のついたランプはガレキに巻き込まれ粉々に砕け散る、そしてばらまかれた油に火がつきガレキと混ざり合いガレキと炎の壁ができあがった。


 騎士はズザザザッと着地すると、間髪入れずがら空きになったオーガの背中にナイフを数本投げつける。オーガの分厚い皮膚にナイフが突き刺さる、致命傷には至らない。

 だがこれでいい。

 彼はそのまま森へ向かい走り出した。

 行く道をふさがれ攻撃を受けた魔物が向かう先はただ一つ、これで少女を危険にさらす危険はなくなった。

 だがそれも騎士が無事に魔物を倒せたらの話だ。


 生臭い肉の腐る匂いとむせかえるような獣の匂いが強くなり、しだいに昼でも真夜中のように暗いその場所へたどり着く。

 森へ再び踏み込む騎士と、追いかけるオーガ。


 騎士はナイフや炸裂弾で牽制するも、彼はスレイヤーでも特殊な部類に入る巨体魔獣専門のパワーブレイカーとは違い、こういった敵に対する決め手がない。

 乱れ生える木々のおかげでなんとかオーガの攻撃はうけずにすんではいるが、このままではいつまでもつのかわからない、どうする?と彼が考えていると、開けた場所が目の前に現れた。


 しまったと彼は思った。

 森の中には時々動物たちの習性から木々の生えない広場がある、運悪くそこにでる経路で騎士はオーガをおびき寄せてしまっていた。

 開けた場所に出ればオーガの攻撃は自由になる、おそらく魔物はこの機会を逃さず一気に勝負をつけてくるだろう。もう距離を離している余裕はない。


 簡易のろしを上げて他のスレイヤーの応援を呼び、少女の守りを固めるか?

 こんな時だけ仲間に頼るのか、ずいぶん虫のいい話だと騎士は自嘲した。

 それにもしものことがある、この場はどうあっても一人で切り抜けるしかない。


 彼は広場に出ると同時にポシェットから取り出した閃光弾をオーガに向かい投げつけた。

 激しい閃光がオーガの動きを一瞬止める。


 騎士は体を地面にぶつけて転がり無理矢理速度を殺す、彼の横をオーガが目をふさぎながら通り抜けていった。


 彼はその機を逃さず剣を地面に突き立てると、親指を噛みその血を剣のつかに垂直にこすりつけた。

 次の瞬間どろりと透明に透き通り赤く変色した剣の内部に銀色の光が現れる。


 閃光の衝撃から立ち直ったオーガは目の前の大木数本をへし折りながら止まると、騎士の方向に向き直り怒りを剥き出しにして醜い雄叫びを上げながら全力で走り出す。

 オーガの棍棒はふたたびゆっくりと地面から浮き上がり、速度をまして騎士に迫る。


 棍棒に押され空気がひしゃげるプレッシャーはびりびりという音を上げながら騎士の肌で弾け、舞い上がった砂埃が突風に煽られたように彼に叩きつけられていた。


 騎士はすかさず首にかけていたチョーカーから鍵を抜き取り、右腕のガントレットに突き刺して捻る。

 オーガの棍棒の影に隠れた次の瞬間ヴォンッと残響音を残しわずかな砂埃を残して騎士の姿が消え、振り下ろされた棍棒は空を切り地面を割った。


 オーガの背後に影が現れる。

 その腕にはまるで手のように変形し生き物のように剣を掴むガントレット、そして剣の内部の銀光を鎧として纏う騎士の姿があった。


 オーガが彼に気づき襲いかかろうと棍棒を振る。

 騎士は姿勢をさげそれを交わすと、瞬間鎧からはずした一本のダガーを棍棒に突き刺す。

 鎧からダガーをつなぐチェーンが引き出され虚空に舞う、二撃目を振りかぶったその力を使い騎士は高く舞い上がった。


 彼は空中で姿勢をとりながら新たに二本鎧からダガーをはずし両手に掴んだ。オーガからの棍棒の投擲が彼に襲いかかる。

 さきほどのダガーのチェーンを身のこなしで棍棒に巻き付け、棍棒の横を自身が通る軌道を得る。そして両手のダガーをクロスさせ棍棒の縁を火花を散らしながら滑り落り、オーガの死角に一撃を食らわせた。


 そして伸びていくチェーンを空いた手で握り空を蜘蛛のように撫でると、騎士を払おうともがくオーガにもう一撃深々とダガーを突き刺す。

 彼が地面に再びおりたときには伸びた鎖ががんじがらめになりオーガの自由を完全に奪い去っていた。オーガが怒りの目で騎士をにらみつけたその時。そこにはオーガの巨大な棍棒を一本のチェーンで、さも当然のようにと振り回している騎士の姿があった。


 脂汗を流しあとずさりしようとするオーガに、冷徹な銀の鎖は頑なにそれを拒む。

 轟音を上げオーガに迫る黒い影は吸い寄せられるようにその巨体の上に炸裂音を上げてたたき落とされた。


 騎士は気絶したオーガの前に立つと剣を高く掲げる。鉄甲手は剣を指でぐるぐると回しギシッと持ち直し、騎士は左手で右腕を押さえながらそれを振り下ろしとどめを刺した。

 銀の発光がオーガの全身を捕らえ徐々に分解して消滅させていく。

 チェーンが彼の鎧にダガーを引き戻し、鎧も氷解するように光に変わると剣に飲み込まれ、ガントレットが剣を押さえる力を緩めたときにはもう何もかも最初から無かったように綺麗に消えていた。


 変形したガントレットの隙間から覗く聖痕が脈打つように赤く染まっている。騎士が鍵を差し込み捻るとガントレットは腕に吸い込まれるように、正常な形にもどっていった。

 しかし次の瞬間彼は急激に襲ってきた激痛に腕を押さえ歯をぐっと噛みしめた。

 まるで肺の中で風船がふくらんでいるような息苦しさをじっと耐えながら、騎士は近くの木にもたれ掛かる。


 スレイヤーはみな聖痕という物を法王院から与えられている。

 術者を介しないでスレイヤーが単独で魔物退治をすることができるのは聖痕によってけがれを浄化するからだ。


 今騎士が行ったのは聖痕の持つ奇跡の力による彼の正式な騎士鎧の召還。

 つまり聖痕による汚れの浄化を一時的に停止し、奇跡を連続的に起こし続けることでココには存在しないはずの鎧を現実の物として存在させていた。


 彼に長年染みついてきた汚れは深く、それは聖痕がなければたちまち体を蝕んでしまう。

 そのため浄化に戻った聖痕は体が安定状態に持ち直すまでのあいだ腕が千切れそうなほどの激痛を伴う浄化の力を彼の体に流し込んでいた。


 騎士が痛みで意識が朦朧とするのをなんとか踏みとどまり荒い息をついていると、一つの視線に気がついた。

 彼が視線を感じる方を向くと、森の闇の中から少女の姿がうっすらと見えた。

 苦痛で歪んだ作り笑顔で彼女にもう大丈夫だと騎士は口にしようとする。

 だが張り裂けそうなほど脈打つ心臓が要求する酸素を取り込むため、体が強制的に荒げさせる彼の呼吸は一言の言葉を発することも許さなかった。


 どうしたもんかと彼が困っていると、少女は森の闇の中に消えてしまった。

 騎士は肉体的な苦痛とは別の苦い表情を浮かべる。


 去る間際少女の顔に浮かんでいた表情には、騎士への恐怖の色が浮かんでいた。

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