167回目 空の騎士 6:密談
少女が眠りについた真夜中のこと、昼間たっぷり眠った騎士は念のために魔物が活発化する夜の見回りをかねてこの城を襲ったものの情報を少しでも得るため、松明片手に城の中を一人巡回していた。
警報機はグリーンのままだったが、魔鉄鋼はかすかに揺れ続けている。
よほど強力な魔力を持つ魔物だったのだろう、こういった建造物への魔力の焼き付きは彼にとってはじめての経験ではなかった。
たしかあれは海神を名乗る魔物の討伐の時、一般兵の小隊と彼を含むスレイヤー三人でその荒ぶる猛威に立ち向かった時のこと。
あの事件で彼がたった一人で生き残って以来、騎士は誰ともチームを組まなくなった。
彼は生き残るべくして生き残ったのではない、スレイヤーという立場が彼の意志に関係なく自らの生死すらも無理矢理に決めてしまう物なのだと、若かった騎士はあのとき知ってしまったのだ。
あの時本部の計画ではその一人のスレイヤーを除き他の多数は最初から死ぬ予定数の中に計算されていた。それを知ってなお計画のために殉じていく仲間達、彼はその時つなげられた最後の一手のための死を拒みそしてその決断の結果たった一人生き残り、かわりに消えない汚名を焼き付けられた。
象徴的な存在は必要なのだ、それは理屈ではわかっている。
だがおそらくあのときの彼はスレイヤーという存在に夢を見すぎていた、魔物を倒せば誰もが感謝され、まして物語に歌われる英雄になれるわけではないのだ。
人が一人の人間から物に変わる瞬間、なんともいいがたいおぞましいその光景は今でも彼に消えない悪夢としてまとわりついていた。
現実は深い闇だ、ほんの少し自我の灯りを消してしまえば暗闇に全てを飲み込まれる。
暗闇の城内に騎士の靴音と松明の炎の燃える音だけが響く。
松明がそろそろ尽きてしまいそうだ、彼は近くの大部屋の扉を開くとなかでかわりのあかりになりそうな物を探し、テーブルの上にあった蝋燭台をみつけそれに火を灯す。
すると彼はテーブルに置かれた一通の封筒を見つけた。
すでに封は開けられている、しかしその封にされていた刻印に目がとまった。
『三首の獣の印』異形の物を使った刻印の仕様を許されるのは魔物退治のための特務機関のみだ。
つまり騎士の同業者、ないし彼の所属する部署の本部とこの城とは事件前から何らかの干渉があったことになる。
その封筒を手に取り中の手紙の文字を目で追っていく、途中から騎士は目の色を変えテーブルに手紙を広げた。
そして暗くてよく見えない部分を読むため蝋燭台を手に取り手紙食い入るように読みふけり、ぎゅっと歯を噛みしめる。
彼は今回の事件も何らかの形で本部側が自分を始末しようとしている意図は感じていた。
それなのに何も抗うこともなく、彼はただただ溜飲を飲み込みこの場所へ来た。
自殺願望でもあるのかもしれないななどと自嘲しながら、甘いヒロイックな気分にすがって自分を偽るために。
だがもうそれはできなくなった。
彼は手紙を握りつぶすと拳を握りしめ誓う、二度と過ちを繰り返してはいけない。
それは彼が一人の人間として生きるために、たとえ愚かだと他者に笑われても絶対に貫かなければならない決断だった。




