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166回目 空の騎士 5:夜の協奏曲

 騎士と少女は片づけを終わると、簡単な料理と彼女の作った木イチゴのジャムで夕食を済ませた。

 騎士がテーブルにたくさん並べられた空のグラス達をいぶかしげに見ていると、少女は騎士に、彼を連れて行きたい場所があると言った。

 騎士は剣と警報機の具合だけ確認すると、彼女の申し出を快く受けた。


 少女は手をポンと合わせて喜びながら、テーブルに置かれていた透き通ったグラスを

木イチゴの匂いの残るちいさな籠にたくさん詰めた。

 そして彼女が騎士の手を取ると、二人は城の外へと向かった。


 外はすっかり夜も更け暗くなっていたが、騎士が通ってきた森の中とは違い月明かりや星の光が照らす分松明も必要ないくらい明るかった。

 門を出て三本目の赤い花を左に、少女の向かった城の裏側にある垣根の中には彼女だけが知る秘密の通路があった。


 少女がそこに入り、騎士は狭苦しそうにしゃがんで通る。

 少女は鼻歌でも歌い出しそうな軽い足取りで、ふわりと優しい星明かりのシャワーの中を進んでいく。


 道すがら光る鱗粉を放つ蝶が、まるで二人を出迎えるようにちらりほらりと飛んでいく。

 道ばたの綿帽子は今にも風に乗って舞い上がりそうなほど白くふくらんでいて、あたりの植物は夜露にぬれて水晶のように見える。

 なにかの精が1つ2ついてもおかしくないくらい、幻想的な光景だ。


 二人が林の中の小川へたどり着くと、少女は籠からグラスを一つ一つ取り出した。

 そしてその清流の透明な水をそれにくみ、真っ白なハンカチで縁を拭いて背の低い草花が茂る地面へおいていく。


 後ろから騎士が草を踏む音を鳴らしながら彼女の背中に近づき、不思議そうな顔をしてのぞき込む。

 少女は最後のグラスに水をくみ終わると、ハンカチで手を拭いてそっとグラスの口に手を触れる。そしてゆっくりと指先で縁をなぞると、透き通った音色があたりに響いた。


 リィン、キィイコロロ。


 その音に答えるように虫たちが歌う。

 少女はにこりと笑うと騎士を見た。


 グラスの中の水はどれも量が異なっていて、その体積による反響音の違いで音階になる仕組みのようだ。


 少女はグラスを使い次々と音を立てはじめた。

 そしてその音に合わせて虫たちの澄んだ声が続いていく。音は続きやがてメロディとなり、グラスの音色と虫の声が一つの音楽を奏でていた。


 やがて小さな声がそのメロディに乗る、儚くて夜の静寂の中でしか聞き取れないような繊細な歌声だった。

 そして少女の歌が始まる。


 それは夜の物語、一匹の鳥の物語。

 小さな鳥は死を運ぶ、近づく者みな腐りはて

 やがて小鳥は夜の中、誰も知らない森へと迷う。


 孤独な木々の隙間から見上げる空も地の色も、

 死の色黒く変わり果て、やがて小鳥は森の中、深い闇へと迷い込む。


 小鳥に小さな夢一つ、小さな星がともるのは。

 あの日であった空の騎士、焦がれる気持ちを抱くから。

 小さな胸にいっぱいの、愛しさだけがあたたかく小鳥に温もり宿らせる。


 歌とメロディは続いていく、まるで夜の暗闇をぬう寂しさにも似て優しく、でもどこか悲しく感じるのは彼女のかかえた重荷のためかと、騎士はただ黙って、その夜の音楽に耳を傾けていた。

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