165回目 空の騎士 4:警告
日が暮れ始め黄昏時。騎士は警報機が床で揺れるガリガリという音で目が覚めた。
彼がベット下に転がっていた円柱状のそれを手に取るとコンパスによく似た警報機の中で小さな金属片が細かく揺れ、その振動周波数に合わせてボードが黄色の警戒色を示しているのが見える。
警報機の警戒色には3種類ある。
まず安全無反応のグリーン、そしてイエローは警報機に用いられている魔鋼鉄という特殊な金属片が魔物の匂いをかぎつける範囲、つまりこの城のどこかに魔物が忍び込んだということだ。
ベッドから飛び降り剣を手に持つと、壁にもたれかかり雨風で薄汚れた窓から外の様子をのぞき込む。
―――誰もいない。
彼はそのまま廊下に飛び出すと警報機の反応を確かめながら駆け出した。
奴らには始末し損ねた獲物がいないか確認に戻るものがいる、もし入り込んだ魔物がこの城を襲った物と同じならこの城にいる人間は間違いなく狙われる。
騎士はともかくとして、ごく普通の少女には魔物と戦う力など無い。
彼女が見つかる前に侵入者を始末しなくてはならない。
騎士は階段を駆け上がり踊り場で立ち止まった。
小さなテーブルに置かれていたランプを手に取ると、腰のポシェットにそれをしまう。魔物と戦うときには油は有効な武器になるのだ。
警報機から伝わる振動が大きくなっていく、魔物が近い。
彼は鞘から剣を抜き、しっかりとそれを握る。
その時何かが割れる音と少女の絹を裂いたような叫び声が響いた。
上の階からだ。
残りの階段を一気に駆け上がると声のした方向へ飛び込む。そこには彼女が床に座り込んでいた。
足下には食器や食べ物が飛び散っている、割れたのは食器のようだ。
ぼけーっとした顔の少女は相変わらずその目を閉じたまま、騎士を見上げていた。
騎士が手をさしのべると、彼女は照れくさそうに彼の手を取り立ち上がる。
擦れる音を立てて真っ黒な蛇が廊下を横切りひゃっと声を上げ、彼女は彼に抱きついた。どうやらあれに驚いて躓いたらしい。
騎士が空いた手で懐からナイフを取り出し蛇の頭に一撃投げつけると、蛇は壁に打ち付けになりしばらくのたうった後絶命した。
彼女が心底安心した様子になると、騎士にくっついている自分の体に気づき驚いてそわそわと離れ少しもじもじした後、照れ隠しのつもりなのか、床に散らばった食器のかけらや食べ物を掃除し始めた。
騎士が呆れてそれどころじゃないと言いかけたそのとき、彼は警報機の振動を感じ無くなっていることに気がついた。
不思議に思い警報機をよく見てみると、いつの間にか魔鉱鉄の振動は止まり盤面の色はグリーンに戻っていた。
ズーン、ズシーンと遠くで地鳴りがした。
窓の外から見える先の森の中を、なにか巨大なものが動いて木々が揺れ鳥たちが飛んでいく様子が見える。
あれか?
騎士がいぶかしげに窓を見ていると、カチャカチャと少女が片づけをしている音に気づきそちらをみた。
不器用な感じの焦げた卵焼きや、弾けたソーセージがほこりにまみれている。
一人で食べるには量が多い気がして、彼がもしかして自分の分も作ってくれたのかと尋ねると、少女は一瞬手を止めて顔を伏せ頬を赤らめた。
使い込んで古くなった警報機を100%過信しているわけでもないが、なにかほほえましい気持ちになり彼も手にした剣を収め、しゃがみ込んで片づけの手伝いを始めた。
もじもじしながら少女が少し顔を上げて彼の姿を見る。
嬉しそうに微笑むと彼女も片づけを続けた。
日も沈み夜闇がうっすらと陰って、風も冷たくなってきたはずなのに。
それは二人の周りだけ暖かい空気が包んでいるような、そんな気持ちを感じさせる光景だった。




