163回目 空の騎士 2:石碑の庭
金の筒の中の指令書に従い、騎士はとある小国の城へと向かった。
管理する者がいなくなって久しいとわかる無秩序にうっそうと生い茂る木々の海を青い月明かりが煌々と冷たく照らしている。
騎士は獣道を探ってはそれをたどり進んでいった。
伸び放題伸びた木々の枝と葉は月の光をさえ遮り、松明がなければ足下も見えない状況だ。
時折ちらちらと目に入る獣の目の光と、生臭い死の匂いがあたりを埋め尽くしている。
森を抜ける風の音がすすり泣く声のようにも聞こえる闇の中、騎士の鎧の音が森の静けさを貫いて響き、
眠れる亡霊達の怒りの慟哭かほのかに空気は冷たく変わり、ねっとりとした風が彼の体を絡め取ろうとうねりをあげていた。
彼が城にたどり着く頃にはもう夜が白みはじめていた。
騎士は人の気配の全くしない城の様子を確認すると、半開きのまま止まった跳ね橋にかぎ爪のついたロープでよじ登り城の中に入り込んだ。
耳鳴りのするような静けさ、まるで四角い箱の中に閉じこめられたような感覚が彼をとらえた。
諸処の松明は真っ黒な炭になったまま放置され、浅くほこりを被っている。
そして白亜の城に張り付いた枯れた植物の蔓たちが、人がいなくなってからのこの城の時間を感じさせた。
騎士の足音だけが響く城内にはあまりに静かで、逆に大量の何かの意志に見張られているかのような窮屈な圧迫感があった。
薄暗くほこりっぽい城内の行く先々には白い石像達がいくつもあった。
どの石像も顔が酷く歪んでいてその配置もあまりにも無造作、中には倒れたりしているものもある。
なんにせよこの城の持ち主はそうとうな悪趣味だったんだろうと半ば呆れながら捜索を続けるも、城の中はまったくのもぬけのからで人の影も魔物の影すらもない。
確かに何らかの事件はあったんだろう、だが騎士にとって特に今までになんの思い入れもない城が無人だからといって、なにか異常さを感じることもなかった。
彼が最上階まで周りひとまず最寄りの町にでもおりて本部に報告しようかと考えていたその時、開け放たれた窓の外、中庭の中でなにか人影が動くのがちらりと目に入った。
彼が窓に近づき彼が中庭を見下ろすと、そこには丁寧に育てられた植物達が生き生きと葉をはぜる庭園があった。
人の気配が無く無機質その物の城の中に一点だけの生命力溢れる場所は奇妙に際だって見える。
騎士が庭園の中を見渡していると、木イチゴの木の前に小さな籠を下げた少女が一人で座り込んでいるのが見えた。




