160回目 小説家志望のおじさんは異世界へ渡った 12:顕現する意思(スキュラ)
ウィルは心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚え意識を失いかける。
「呼応しているようだ、良いぞ実に良い、君の彼女に対する愛を感じるよ」
ウィルの中にグラックスのドス黒い負の思念が流れ込み嘔吐する、無数の人間の嘆きと悲しみの光景の中にアンジェラの姿が見えた。
「アンジェラに……何をしたッ」
その言葉を待っていたと言うかのように、恍惚としながら恭しくグラックスは自らの胸元を開いてみせる。
「彼女はここにいる、アンジェララムダールの心臓は私が頂いた」
「嘘だ!」
「なかなかに良い顔をする、ならば君の身体で知るが良い」
グラックスが手にした杖を地面につくとウィルとグラックスの心臓が輝き、ウィルの体が宙に浮かび上がると天まで届く光の柱を発生させた。
「恐怖を支配するための新たなる神の創出、その象徴たる神像。
形あるものにしか価値を見出さない愚か者達を欺くにはちょうどいい名目だった。
地下のレイスの塊は力の貯蔵庫のようなものだ。それ自体にさしたる意義はない、全てはこの時の為に」
ウィルは全身を引き裂くような苦痛に叫び声をあげ、
その目が再び金色に変わり、竜の目のような瞳孔へと変化する。
「感じるぞぉ!力を!!
これこそが天上から齎されしディアドラである!!」
グラックスが高く杖を掲げるとその魔法が発動した。
ウィルの意識と感覚が光とともに無限に拡大しヴァリス国内全ての人間の体から急速に生命力が奪われ、ウィルの知覚に人々が次々に倒れ苦しみに喘ぎ絶望していく様子がつぶさに伝わってきた。
グラックスの声がウィルの頭の中に響く。
「苦痛や悲嘆をもたらす絶望的困難こそが人の善性を開花させる、全ての人々が楽園へと至るための贈り物だ」
蠢き溢れる思念の渦の中で自我を失いかけたウィルに誰かの声が聞こえてきた。
「あの子はスキュラ、シャムシールの人々の願いの集合体。それが間違った形で具現化してしまっている」
それはアンジェラの声だった。
「あの子を止めて」
「無理だよ、僕にできる事なんて何もない……」
「いいえ、貴方はもう突破口を切り開いた。あとはその想いを貫けばいい」
闇の中ウィルは彼の手を握る誰かを感じていた。
「貴方にしか出来ない事があるの、その力を信じて」
光がその手の中にあった。




