157回目 ゴーストヴィジョン
透明な青に流れていく白い雲、その中を一匹の白い鳩が飛んでいく。
「よし」
僕はそういうと鳩の後を追うように自転車を走らせる。鳩の足には輪がある、それは僕のじいちゃんがつけたものだ。
あいつの名前はヒカル。伝書鳩のレーサーだ。
ヒカルは僕のたった一人の家族のような存在だ、だからといって彼を閉じ込めておくのは間違っていると思った。
だってヒカルには伝書鳩として立派な役目がある、じいちゃんが生きてた時はレースに優勝したことだってある。
僕とは違って、ヒカルはこの世界で生きる上で役目があるんだ。
学校が休みになると僕は家の近くの山を登る。
そこで昔じいちゃんに教えてもらった崖で景色を眺めるのが好きだ。
突き出した岩の先に立って吹き付けてくる風に体をさらすと、まるで体から重さが消えたような気持ちになる。
空を飛ぶ鳥のようにこのまま飛べるような。
「こんにちは、幽霊さん」
振り返るとそこには一人の女の子がいた。
彼女の足元には影がなかった、いつの間にそこに?もしかして本物の……。
そう思いかけて僕はふと右耳にしたピアスを触る。
視界の中にプログラムコードがいくつか現れ、視界の中の彼女にマーカーが現れ「VRplayer」とカテゴリーが表示された。
「なんだ」
そういってため息をつく僕に彼女はにっこり微笑んで手を振った。
「こんな場所にいるから幽霊かと思っちゃった」
「それはこっちの台詞だよ」
僕の暮らすこの時代ではVR技術とAR技術を複合させたシステムが使われていた。
本当にそこにいなくてもVRで現実のその場所に行けて、ARを使ってVRプレイヤーの姿を見ることができる。
誰もそのシステムを実用化した本当の理由なんて知らないまま、いつの間にかみんなそれを受け入れていた。
「はい」
山のふもとまで降りてくると彼女は自販機でジュースを買うとそれを僕に投げ、僕はそれを受け取る。
どこでも売っているありふれたレモンティーだ、ただ重さのないデータである事を除けば。
「驚かせたお詫び」
そういうと彼女は自分の分の蓋を開けて飲み始める。
彼女に倣ってペットボトルの蓋を開けると僕もそれを飲む。少し甘いレモンティの味がした。
「ねぇ君さ」
「ん?」
僕は自転車を押しながら隣を歩く彼女に声をかける。
初夏の汗ばむ陽気の中、汗一つかいてない彼女に。僕になんの関わりもないはずの彼女に。
「どうして僕に声をかけたの?」
「それはねぇ」
彼女は指で頬を撫でながら横目で僕を見る。
「なんだか君私に似てるもん、生きてるのに幽霊みたいで」
「なんだよそれ」
文句を言おうと彼女を見るともうそこに彼女はいなかった。
ポケットに入れたレモンティをなんとなく触る。そこには確かにそれはあった。
「名前、聞いてなかったな」
残ったレモンティを一気に飲み干して僕は自然と
「また一人だ」
そう口にしていた。
風が吹き、空を見上げるとそこには白い雲があった。




