145回目 それは魔法の合い言葉
リザードマンが目を覚ましベッドに腰をかけ、あくびをしながら時計を確認する。
彼は尻尾をベッドから降ろし寝癖鱗を鱗用のシルク布で整えた。
日差しのはいる書斎に向かうと、
メイド姿の少女(5さい)が観葉植物に水をあげている姿が見えた。
「おはようクレア、今日も早いね」
「あっお、はようござい、ます先生。えーっと、お茶!いれますね?」
ぎこちないしゃべり方でそそくさと書斎から出て行くクレアの後ろ姿を見送り、
先生は書斎の窓際で窓からの光をいっぱいに浴びている机と椅子に腰をかけ新聞を広げる。
クレアは紅茶をもってくるや、思い出したようにスカートの裾を掴んで会釈して朝の挨拶をする。
「ふーむ」
紅茶の香りを満喫しながら、彼はクレアを見ると優しい目をして言った。
「君の笑顔が見たいな」
クレアは顔をうつむけ恥ずかしそうにもじもじすると、
上目遣いにやらなきゃだめ?とでも言いたげな顔で先生を見る。
先生はそんな彼女に小さく二度うなづくと促すように自分の顎を撫でた。
ほんの一瞬だけ、顔を上げたクレアの笑顔が朝日を受けて輝く。
それを見て心から嬉しそうに
「君は今日も素敵だ、クレア」
と笑顔を浮かべる先生に顔を赤くして去っていくクレア。
紅茶を口にする、少しだけ甘いその味にふふふと笑うと先生は新聞を読み始めた。
クレアは魔女だ。
しかし大した能力もなくただ魔女であるからと虐げられるだけの毎日を彼女は送っていた。
死んでしまった大好きなお母さんのことも否定され、
他者に自分の全てを否定され続ける日々に彼女の心はいつしか冷たく固く死んでいった。
ある日戯れに自分の所有者にいたぶられ、
ゴミ捨て場で雨に打たれていた彼女に手をさしのべてくれた鱗姿の紳士が先生だった。
いつだって自分が生きていても良いと価値を証明しなければ罵倒する人間達と違い、
彼は彼女に何一つ価値を求めなかった。
彼女にとって辛いことは何も言わずなにも聞かず、
クレアの所有者から彼女の権利を買いとりその証書を破り捨ててくれた。
なにをしている人なのかはわからないけどその風貌、物腰から彼女は彼を先生と呼んでいた。
たぶん先生は彼女より苦しみながら生きてるんだろうとクレアは思う。
時々酷く憔悴して帰ってくる彼に、彼女は最初はなにをしたらいいかわからなかったが、
幼い頃母がしてくれたように先生に膝枕をしてあげるのがいつしか日課になっていた。
自分の膝枕で落ち着いた顔になっていく先生が愛しくて笑っていたのか、
彼がうっすらと目を開いて綺麗な笑顔だと言ってくれる。
胸の奥から暖かいなにかで彼女は満たされていく。
「おやすみなさい先生」
「おやすみクレア」
彼女は腕の中で寝息をたてる彼にクレアが唯一使える『幸せな夢を見せる魔法』を使う。
普通は『悪夢を食べる魔法』なのだけど、なぜか先生はその魔法を使った時に幸せな夢を見たというのだ。
もしかするとそれは彼女が彼に抱く不思議な感情のせいなのかな、
そう考えるとクレアは顔を真っ赤にして両手を顔に当てて足をばたばたさせた。
内緒の話だけれど、彼女は彼に恋をしていた。




