138回目 陰陽鬼人譚
「随分生意気な新入りだなお前」
「あなた達がおしゃべりすぎるだけ、私は騒がしいのは嫌いだから」
虎の姿の一本角をもつ虎牙がさりげなく緋女の肩にかけた手を払いながら、
彼女はまだ5才の自分の3倍は体格のある彼に尻込みもせず、
わざとらしく肩を手で払ってみせる。
彼女のその頭にも二本の角があった。
「はっ気の強い女だ・・・」
そういうと虎牙は舌なめずりをする。
二人の周囲の闇の中には角を持つ異形の者達が潜み彼らを監視していた。
その人影の中でも虎牙はひときわ巨大で威厳を誇っていて、
緋女の他人間の姿をしているモノは一匹もいない。
彼らは『鬼』と呼ばれ世の中から隔離された存在であった。
陰陽師により姿すら変えられ、その証として頭に角をつけられた、
人ならざる異能を身に生まれてきた者達。
「やめて」
緋女は再び自分の肩に手を触れた虎牙を睨み付ける。
しかしその瞳に一瞬憂いの光がともるのを見て、初めて彼女は一時ひるんだ。
その刹那の隙に虎牙は緋女を丸太のような黄色い毛皮の両腕で抱きしめる。
「おれぇはお前みたいな気の強い女をモノにするのが好きなんだァ!!がははははは」
暴漢のような大声を出しながらその腕は優しく緋女を抱いている。
トクン、トクン
彼の胸の鼓動が聞こえる、呼吸の度かすかに上下する体、その温もり。
緋女は自分の顔が赤く染まっているのに気づいて顔を振る。
「何考えてるの、冷静になりなさい」
そう自分に言い聞かせるとその気持ちを否定するために、彼に敵意を向ける。
「あなた、なにか企んでるわね?」
「黙ってろ」
緋女は息をのみ、まるで時間が止まったような錯覚を覚えた。
高鳴る鼓動がまるで不思議なささやきのように彼女の心を捕らえて、
彼の腕を払う事ができなかった。
「てめぇらよく聞きやがれ!この女はこれから俺のモンだ!!
喰うのも犯すのも俺だけの権利だ、手出ししたらぶっ殺すぞ!!わかったか!!」
ざわつく頭に角を持つ異形の影達はざわつきながら、
彼らの支配者の言に耳を傾け闇の中に消えていった。
二人だけになり、緊張感がほどけると
急に虎牙が抱きしめる手を気まずそうにもじもじし始めた。
緋女が彼の顔を見上げると彼は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
「もういいぞ」
「・・・なに?」
「だからその、バカ!とか変態!とか言ってそのあれだ・・・」
鼻の頭を掻きながら心の底から恥ずかしがっている彼を見て、
まるで別の緋女は思わず笑みがこぼれた。
「んー・・・」
ここはなにか一つ意地悪してやろう、
と考えその手を丁寧にどかせると振り向いて微笑みを向ける。
「んぐ!?」
虎牙は彼女の微笑みをみて唾を飲み込み目を丸く、顔を真っ赤にした。
「いいよ」
「は、はぃ?」
「恋人になってあげる」
「はぁ!!?」
やっぱりだ。そう緋女は確認して思わず両手を叩く。
「君、いい人だね?」
「鬼だぞ、俺は」
「いい人なんだよ」
はじめて彼女は人から『優しくされた』そう感じていた。
その優しさを彼に教えたい、こんな場所に閉じこめられて
周囲に虚勢をはって無理に生きてる彼に、自分の素敵な所を教えてあげたい。
「これからゆっくり教えてあげるよ、君の事」
そういって緋女は彼に駆け寄り彼の手を握り、
撫でるようにその腕を抱きしめ毛皮に顔をうずめて深呼吸した。
「まいったなぁ、こりゃ」
顔をぐしぐしとこすり大きくため息をつくと、
虎牙は彼女を抱きかかえ、ズシズシと足音を鳴らしながらねぐらへと向かう。
どうして他人にそんな事をしたくなったのか、まだ彼女は気づいていなかった。
それが恋なのだと彼女が知る事になるのはもうすこし先の出来事だ。
ただその時緋女はその小さな胸の高鳴りとともに、
彼との新しい日々を少し楽しみにしていた。




