136回目 死刑台の救世主
顔を深々と覆面に隠した大男が暗くしけった石畳を歩いていく、
彼は手にした剣と言うよりも斧に近いそれに刻まれた文字をなぞりながら神への祈りの言葉を口にする
「神よ我が罪を許したまえ、この哀れなしもべの魂を守りたまえ」
外界の光と共に死刑台が見えてくると、覆面の奥の目の光が消え人殺しの顔へと変容する。
歓声と観衆のさまざまな感情のこもった視線が彼に投げかけられる、
そこにあるのは人の生と死を分かつ運命
白狼獣人グリゴリー・ウォルコフ。彼は死刑執行人だった
グリゴリーがその晩通い慣れた酒場で酒を飲んでいると、どこから紛れ込んだのか
5さいくらいの小さな金髪の少女が彼の足もとにぶつかり、しがみついてきた
シルクの糸のように細くしなやかな髪は、酒場のわずかな光すらも神秘的な衣として纏い
かすかにあからんだ頬は彼女のあどけない表情を色づかせる
少女はまっすぐな瞳でグリゴリーを見つめた
「見つけたぞ死神、皇女ヘルタ・アベーユの名において命ずる」
酒場の明かりが突風でかき消され人々がどよめく、
闇の底からおどろおどろしい魔の物の声が響き渡った
グリゴリーのそばに立てかけられた首切り刀がかすかな光を放ちカタカタと揺れ始める
テーブルがひしゃげ、弾き飛ばされた人間が壁を突き破り、
店内を見えない何かがグリゴリーに向かい突き進んでくる
「戦え。汝その牙を放ち、邪悪を払う断罪者なり!」
ヘルタのその呪文じみた言葉を最後にグリゴリーの意識は途絶えた
「あっ、気がつかれましたか!?」
グリゴリーが目を覚ますと、酒場のウェイトレスが手を叩き嬉しそうに飛び跳ねた
そこは酒場の二階にある宿屋の一室、彼の視界の片隅でヘルタと名乗った少女が悪びれもせず本を読んでいた
「お前は何者だ」
「私は名乗った、お前の事も私はお前自身よりもよく知っている。自己紹介は無用だ」
本を閉じるとヘルタはグリゴリーの顔を見る
「死神にあえと、祖母にいわれたのだ。お前の持つ人の命を吸った武器ならあれを殺せると」
「あれ?酒場を襲ったあの見えない何かの事か?」
「そうだ」
ヘルタは椅子の上に立ち、そのままベッドに土足で登るとグリゴリーに馬乗りになった
「素晴らしい活躍だったぞ、まさしく死神の名にふさわしい。お前はこれからしばらく私の所有物となるのだよ」
吐息がかかりグリゴリーは自分の顔が赤くなるのを感じていた
グリゴリーは顔をそむけ鼻を掻きながら吐き捨てる
「その呼び名は好きじゃない、俺はグリゴリーだ。俺の名で呼べ。それにお前の所有物になる筋合もないぞ」
「生意気だな、実に私好みだよグリゴリー」
ヘルタはにやりと笑うと彼の上に立ち見下ろす
「調教してやろう、私の事を女王様と呼びたくなるくらい忠実なしもべにしてやる」
その日からグリゴリーの受難ははじまるのだった




