133回目 東海道怪奇談
松葉にしんしんと雪が降り積もる。
白く染まった道に二人の旅の少女の足跡が刻まれていく。
そんな二人の前に浪人姿の犬獣人が倒れていた。
少女達はそれをみないふりをして歩き去る、
鳶の声がして鳶を見ているとドサッと物音が、
そちらをみるとまたそばに犬獣人の浪人が倒れていた。
少女の一人が枝で浪人をつつく、耳ピコピコ、頭撫で撫で、しっぽふりふり。
「かわいいわねぇ」
「ねぇさん」
ねえさんと呼ばれた女性は目をきらきらさせて、ぬいぐるみを抱くように愛しげに浪人を抱きしめている。
「だめ?」
「もう、あまり長居する旅費なんて無いのに」
とぼやきながらも犬獣人の毛のモフモフを自分もぎゅっと抱いてみたくなり生唾を飲む少女。
「一晩だけ宿を取ろっか、一晩だけね」
犬獣人の体がぴくりと動き嬉しそうにしっぽがぱたぱた振られるのを見て、
「やれやれ」と呟きながら少女の顔は少しほころんでいた。
三人は民宿にたどり着きたらふく飯を食うと、なにも言わずに部屋で寝息を立て始めた浪人をよそに
二人の娘は風呂に向かった。
浪人が口の中に残った飯の余韻を舌で舐め幸せをかみしめていると、
髪を拭きながら妹の方が部屋に戻ってきた。
「さて、と。今なら二人きりね」
彼女は手ぬぐいを投げ捨てると浪人にまたがってその顔に額を押しつける。
「起きてるんでしょ?わかるんだから・・・」
彼女の手が彼の着物の中に忍び込み乳首に触れる、
思わず声を上げてしまいそうになりながら浪人は寝たふりを続けた。
「まめにお風呂入ってるんだ、ケモノだってのに匂わないのね。ここもそうなのかな」
そういって彼女は彼の耳に吐息をかけると、舌で丁寧に舐める。
抱きしめる少女の肉体は15才、女として完璧な魅力で彼を絡め取る。
そしてその手は次第に下におりて、浪人の股間に指先が触れた。
「だぁ!だめでござるぅ!!!」
少女を押しのけて浪人が辛抱たまらず飛び起きる。
「もう、寝たままでよかったのに」
ざんねん。そういいながら彼女は指先をしゃぶりながら彼を誘う目で見つめた。
「うら若き乙女がはしたないでござるよ!拙者腐っても侍でござる、藤堂家の姫君とこのような」
「あー起きたのー?わんちゃん!」
そういうと後から入ってきた姉が浪人に飛びつくと、彼に一心不乱にもふもふしはじめた。
「あふっ!はひっん!?」
さきほどまでの一件ですっかりそそり立ってしまった逸物を必死でかくし、真っ赤な顔でされるがままの浪人。
しかし体は正直とはよくいったもの、二人の娘に触れられて浪人のしっぽはちぎれそうなほど振られていた。
「藤堂かえで」
「んっ、ぅん?なっなんでござる?」
「私の名前、んであなたに今お熱なのが姉の藤堂ゆかり。それであなたは?」
「拙者は・・・」
「言えない?」
浪人の後ろに座ったかえでがそういうと、彼の背中に冷たい金属の感触が触れる。
「どうして殺さなかったかわかる?」
とかえではゆかりに聞こえない声で浪人に囁く。
「情報、でござるか?」
「それもある、でもはっきりあなたが追っ手だって確証がなかったから」
その言葉で浪人はうっかり自分が
まだ名乗られてもいない彼女たちの家の名を口にしていた事に気づき手を顔にあてた。
「うかつだったね、殺し屋さん」
「慣れてはいるけど私まだ殺人狂じゃないの」
そういうとかえでは立ち上がり、今度はゆかりの背後に立ち殺気だった顔から普通の少女の顔になる。
「友好的に行きましょうよ。お互い協力が必要なようだし」
優しい常識的な笑みの裏に断れば命はないぞ?というメッセージをはっきりくっきり出し切るかえで。
「わんこさんもふもふなのね~」
浪人がゆかりを見ると、彼女は彼に子供のような無邪気な笑顔を向けた。
「やれやれ、お手柔らかに頼むでござるよ」
頭を掻きながらゆかりの愛情を受け取り穏やかな目をする浪人。
「逸見、逸見牙一」
「長いつきあいになりそうでござるな」
「そうね」
かえではそのときの牙一の顔にドクンと胸が大きく動くのを感じた、動揺を気取られないようきびすを返す。
彼女の耳にはゆかりと牙一が楽しそうにじゃれつく様子が聞こえ、なぜか悔しくて唇をかんだ。
翌日宿を出たかえではかじかむ手をこすると息を吹きかけ、
白く染まった果てなき道を見つめるとため息をついた。
「拙者が言うのもなんでござるが、一人で背負い込まなくてもいいでござるよ」
いつのまにか後ろに立っていた牙一はかえでの肩に彼の羽織物をかける。
「うるさい、変な動きみせたらすぐに殺す。忘れないで」
「承知」
牙一は真剣な顔をしてそういうと、彼女の頭をぽんと撫でた。
子供扱いされてむっとするかえで。
しかし彼が肩にかけてくれた着物に残る温もりを愛しいと感じてしまう。
「もう大人は頼らないって、決めたじゃない」
誰にも聞こえないようにつぶやいた言葉は、吐息と共に白く凍っていく。
眠そうな顔でゆかりが宿から出てきた。
「さむいー、牙一ちゃんだっこして」
「はいはいお姫様」
5才児の姿のゆかりは軽々と牙一に抱きかかえられた。
日々幼くなっていく姉の命を救うために、かえでは強くなければならない。
彼女たちの受難をただの不老目当てで狙う老中達に捕まれば、
間違いなくゆかりを待つのは死だけだ。
「いくでござるよ、かえで殿」
と優しい声で言う牙一、彼は違うと信じてしまいそうになる。
彼の背中に一瞬だけ顔をつけ「うるさい」と消えそうな声でつぶやくかえで。
「私の命令を聞きなさい!いい!?わかったわね!!」
そういうとかえでは肩をいからせ、我先に道を歩いていく。
一人で歩くかえでは耳をすませていた。
なにも聞こえない、右も左も真っ白な世界の中で。
雪が全ての音を殺してしまう、かえでが彼女自身でいられることすらも。
足音がずれて聞こえ始める、そのずれた足音は次第に大きくなって彼女の背中に近づいてくる。
「牙一!!」
「なんでござるか?」
背中のすぐ近くからとぼけた声がする。犬面の間抜けすぎる牙一の顔が目に浮かんだ。
「遅い、もっと早く歩くぞ!!」
「あっちょっと、かえでどの!?かえでどのーー!!」
かえでは走った。
この旅が始まって初めて逃げる以外で走った。
「待ってほしいでござるようー」
永遠にも思えたこの旅が、ほんの少し楽しい。そう彼女は思い始めていた。
『ゆかりの呪いについて』
藤堂の家は元々小さな島の藩主だったが、
ある時島の中で疫病が蔓延して、島の人間がみんな胎児の状態で死亡してるのが発見された。
しかし感染した藤堂の人間が病に感染した状態で生んだ赤ん坊だけが生き延びていた。
それから藤堂の家はなんの障害もなく続いてたが、
偉いジジイ共がその病で若返れないかなと、ちょっとゆかりに細工してみたら
ゆかりの体内のウィルスが活性化してDNAを書き換え始めた。
それ以来彼女の肉体は退行を続けていて、本来なら17才だが5才児の姿をしている。




