132回目 Relief to silence
後編です。
雪の降る森の中を、フードをかぶった聖職者と鎧の騎士団達が歩いていた。
「寒くないか?」
と大柄な黒騎士が犬獣人聖職者の少年トゥイ(5さい)に言う。
彼はコートをたぐりながら
「平気だよ」と親愛の情を込めた笑顔を見せる。
誕生日プレゼントにお姉ちゃんにもらったコートはすごく暖かくて、
トゥイは聖人としてしゃんとしなければいけないのに
子供っぽくしっぽを振ってしまう。
一行が目的地の大聖堂に着くと黒騎士は甲を脱ぎ、その黒い長髪を振り回す。
長くとがった耳に黒い肌、ブルーの瞳が雪で白く染まった世界にはえる。
トゥイが大聖堂の聖職者達に手厚く歓迎を受けながらその姿を見つめていると、
黒騎士は彼に向かい白い歯を見せて笑いながらサムズアップをしてみせた。
彼女はダークエルフで名をクリスタといった。
シルバーガントレッドと呼ばれる傭兵団で、機関銃の特殊部隊相手でも
彼らの使う鎧や、シールドブレイドにより互角以上に戦える。
その中でも『黒薔薇』の異名を持つクリスタの鎧の中には、
テーザーガンやワイヤー、閃光弾に展開してから30秒後に性質の変化する可燃性煙幕、
どんな防弾チョッキも貫通するニードルガンなども仕込まれていて、さしずめ歩く要塞。
彼女の仲間の騎士が影でクリスタのことを女ゴリラだとか言っていたが、
言われてもしょうがないよなというゴリラぶりではあった。
クリスタは身の自由のないトゥイに外界の物を裏でこっそり渡していた。
彼の着ているコートもその一つ、二人は姉と弟のような関係になっていた。
大聖堂の歓迎パーティが開始される中、その中でクリスタはまるでブラックホールのように全員分の食料を飲み込んでいく。
やれやれとトゥイは腕まくりをする。
「厨房はどこですか?」
「いやでもこれはあなたの歓迎のため……」
「いつものことなんです、彼女の食べるスピードに勝てるのはボクだけですから」
キランと輝いたトゥイの目が据わる。
「彼そうとうあなたのために苦労してません?」
「もうつきあいも2年になるかなー。
いつもこうやって私のために料理作ってくれるんだよ、私の家族みたいで嬉しいな、あはは!」
「脳みそ筋肉でできてるのかこいつは」
シェルターのように外界から隔離された清浄な環境の、
異端の宗教の教会を私設の騎士団と傭兵が守っていた。
そこはその環境を利用しある生物化学実験を行っていて、
トゥイもそれによって生み出された人工生命体であり。教会の機密がゆえの用心待遇。
半ば軟禁に近い生涯を送ることをうまれつき彼は背負わされていた。
30年前のグール事件。その最後の現場の地区から発祥したグール事件の犯人達を救世主とあがめる者達の教会。
彼らは獣人のメカニズムに着目した。
獣人を生み出す際の遺伝子操作で、遺伝子を覚醒させ死者を転生できるというのだ。
グール事件の獣人はキリストの転生体であり、
楽園の能力が不完全な形で発現したのだという見解を彼らは持っていた。
そしてトゥイはあの事件の獣人ゲイズの転生体として生み出された。
本人にはなにも自覚も能力もなくとも、
その事実が彼の人生を縛り付ける。
彼の生みの親である科学者はいっそこのまま彼がトゥイ個人として成長し実験は失敗で終わって、
彼が彼自身として成長していけたらと、
自分の腕の中に飛び込んで幸せそうにしっぽを振るトゥイを撫でながら祈るようになっていた。
しかしトゥイは教会の裏の聖堂に隠されたもう一つの神体と遭遇してしまう。
死後けして腐ることなくまるで未だに生きているかのようなグール事件の少女フィルが、
まるで表聖堂のマリア像の対になるように安置されていたのだ。
時を同じくして人間社会側の転生体もかすかなトゥイの覚醒とその存在を感じ取っていた。
ゲイズの遺伝子から生み出されたキリストの転生体の人間、ハスター。
彼は他者を撃ち殺し操り人形として蘇生させ、完全なる人間の部隊と称して
それを指揮する政府秘密組織クライトスの司令官でもあった。
クライトスの策略で大聖堂の周囲が次々に制圧されていく。
トゥイとクリスタが見つけた花畑のあるカルドの丘にもついにその魔の手が迫っていた。
みんながあきらめて退却する中、
トゥイと花を摘みに行く約束をしたんだ!と一人で敵を撃退し、カルドの丘を守りきるクリスタ。
教会に帰り自分を待っていたトゥイに
「明日一緒に行けるな」
とクリスタが笑うと、彼女の怪我を見てトゥイがごめんなさいと泣き出してしまう。
頭を撫でて反省しながらなだめるクリスタ。
「もう無茶はしない、心配させたねトゥイ」
二人を見ていた仲間達が
「俺たちももう逃げねぇ!一緒に戦うぜ!!」
と彼女の戦いがみせた希望の熱さめやらぬようすで力強く言う。
みんなに酒を奢るクリスタ。
そして翌日、みんなで二日酔いをしながら、
トゥイが言う花を集めて花飾りを作った。
不器用なクリスタの分はトゥイが作り、彼女の手首にはめた。
彼は魔よけだといったが、なにか願いを込めるように一瞬クリスタの手をぎゅっと握るトゥイ。
帰り道襲ってきたモンスターを私服と棒で撃退する傭兵団の一行。
「ボクも誰かを守れるようになりたい、
二度と大切な人が悲しい思いをしないように強くなりたい」
そういうトゥイに成長と別れの予感を感じて抱きしめるクリスタ。
その夜彼女は自分がトゥイに精神的に依存していたことに気づく。
死んでも良いって考えていた戦いの日々の中で、
今ではトゥイはクリスタにとって守るべき日常そのものだった。
彼なしにクリスタはきっと笑うことすらできなかっただろう、
そしてそれを与えてくれることを当然だと、心のどこかで考えていた。
家族とはいつか別れる、だから一緒にいる時間を愛しく思えるんだ。
クリスタに戦い方を教えてくれた鬼のような師匠が、
ある日ふと優しい顔で息子を抱きながら言った言葉が彼女の脳裏をよぎった。
トゥイが誰かにこっそり会うために時間を作っている事をクリスタは知っていた。
そしてその会っている誰かのために彼は今変わろうとしているのだと言うことも。
クリスタは枕に顔をうずめ息を止めた。今はとにかく眠ろう、眠りたい。
初めて彼女は現実から逃げたいと、そのとき思った。
人間側がハスターを煙たがり、トゥイを使って彼を殺させる作戦を決行。
なにも知らないハスターとその部下と不死者達の魔の手が秘密教会を一つ一つ潰していく。
そんな中トゥイは自我とトランスの狭間で葛藤しながら、
自分に語りかけてくるフィルの声に惹かれはじめていた。
そしてある日自分を捨て、ゲイズの人格になろうとした所をクリスタや教会の仲間に止められ、
彼は自分がみんなから必要とされていると気づき、踏みとどまる。
しかしハスターがそこへ現れ、教会にいる人間達を次々に捕らえ始める。
少なくともトゥイだけは死守しなければならない、決死の脱出作戦が決行されるとき。
「守りたい人がいるんだ」
そういうトゥイの目に彼を全力でアシストし、今や敵の巣窟になった大聖堂に向かい飛び込んでいくクリスタ。
途中以前の約束の通り、傭兵団の仲間達がフォローに入ってくれる。
大聖堂にはすでに結界が張られていて、そこに入ることが出来るのは救世主の力を持つトゥイだけだった。
「必ず帰ってきなさい」
クリスタは初めて女らしい声で、真剣にトゥイを送り出す。
周囲も彼女の変化に驚く、その目には涙すら浮かべていた。
トゥイは悲しげな横顔の後、作り笑顔でうなづき光の中の聖域化した裏神殿へ消えていく。
崩れ落ち泣き出すクリスタ。
そこへハスターが現れる。
「行かせない、行かせるもんですか!」
と立ちはだかるクリスタと傭兵団だったが、
ハスターの超人的な能力の前に組み伏され、クライトスの構成員達による処刑の準備が始まる。
ハスターも結界を破り裏神殿へ乗り込んでくる。
フィルの存在を感じそこにいたトゥイに銃を向ける。
彼は捕らえるよう命令を受けていたが、トゥイを最初から殺すつもりだったのだ。
そして体を打ち抜かれるトゥイ。
しかしトゥイは倒れず、ただハスターに振り返ると哀れむような顔で彼を見つめた。
ハスターが気づいたときにはすべてが手遅れだった。
空の太陽は黒く塗りつぶされ、彼の目にする人間がすべてグールとなり彼を襲い始めたのだ。
ハスターと彼の部隊、そしてその作戦を行わせた軍部の人間全てに
その奇怪な現象が起こる。
どこまで逃げても人間が不死の化け物となり彼らを襲う。
一人また一人と死んでいくのを不死者の目を借りて見つめながら、トゥイは涙を流し続ける。
そんな彼の傍らに降り立ちその肩を抱き頭を撫でるフィル。
不死者と化していた人間達が元に戻り、日の光が地上を照らし始める。
フィルが「お別れだね」とトゥイに言って去っていこうとする。
「ボクは君のおかげでまた生まれることが出来た。この命は君の孤独を癒すためにある」とトゥイは彼女の手を握る。
クリスタは夢を見ていた。
裏神殿の中で彼女の見たことのない少女と手を握りながら、トゥイはクリスタを愛しげに見つめていた。
トゥイを呼ぼうとしても声が出ず驚くクリスタ、
そんな彼女にトゥイは静かに指を指すと二人は歩き去っていく。
トゥイを追いかけるクリスタ、しかし距離は全く縮まらずむしろ加速度的に遠ざかっていく。
そしてトゥイが扉を開けると真っ白な光が差し込み、世界が白く塗りつぶされていった。
鐘の音で振り返ると鳩が飛び、いつの間にか日が昇りきっていた。
そしてはじめからなにもなかったかのような廃墟がそこにあった。
外で目覚めた教会の人間も騎士達も騒ぎ始める。
その教会の神体と、一人の少年はそれきり姿を消した。
クリスタはトゥイが指さした腕の花飾りを見つめていた。
後日そのお守りの花の意味を知るクリスタ。
「家族との再会を祈る」それがトゥイのメッセージだと、彼女は信じた。
クリスタは仕事の依頼を受け新しい場所に向かうたび、
そこに彼の姿を探す癖がついた。
でももし見つけても彼が幸せそうに笑っていたら、
彼女はなにも言わずに去っていこうと、心の中でそう決めていた。
それから数年後のある夏の日に。
クリスタはトゥイとみんなで一緒にとった写真をとりだし眺めていた。
彼によく似た獣人の青年と、一人の少女が馬車に乗り幸せそうに横を通り過ぎるのを、
彼女は横目でさりげなく見送った。
幸せでありますように、誰にも聞こえないようにささやいた祈りの言葉とともに。




