129回目 豊臣秀長
時は戦国、織田家家臣の足軽として使えていた赤目族という猿獣人の末裔木下弥右衛門は、
足におった怪我で戦場に出ることができなくなり百姓として暮らしていた。
しかし弥右衛門が病で死ぬと、二人の子を連れたお仲は竹阿弥という人間の男と結婚。
木下弥右衛門とお仲の間に生まれた藤吉郎は、その猿獣人の要旨を竹阿弥に父とともに馬鹿にされ
ついには家出をし出て行ってしまいました。
藤吉郎がいなくなったあと竹阿弥とお仲の間に生まれた小竹は、
人と人との間に生まれたのですが、
滅んだ黒牙族という犬獣人の姿で生まれました。
実はお仲は黒牙族の娘であり、黒牙族の女は胸のアザの他は人間と変わらない要旨だったのです。
小竹の人柄の良さとお仲の愛情にほだされ周囲は小竹を愛し、
小竹もまた皆を大切にしながら良い少年として育っていきました。
ただ心優しい小竹は家出したという兄、藤吉郎が無事であることをいつも神社に祈っていました。
一方藤吉郎は今川家の家臣の松下之綱に仕えまがいなりにも侍となったはいいものの、
その獣の容姿から周囲にいじめられ、それを哀れに思った同胞から金を受け取り
屈辱の中誰にも涙を見られないよう逃げるように立ち去ってゆきました。
その向かう先は今川を敵と睨む織田家の領地、織田家に仕官し復讐をしてやろうと藤吉郎は心を決めたのです。
藤吉郎は出会う先で出会う先で身分の高そうな人間にこびへつらい、
なんとか侍になろうと必死で努力をしました。
そんな中、彼は鳥獣人を引き連れた一人の少女(5さい)と出会ったのです。
小竹は立派な青年へと育っていました。
村のみんなから頼りにされ、彼のしっぽはいつも自慢げに上向きで振られていました。
そんなある日彼は一人の猿獣人と出会いました。
身なりは汚く体は臭い、容姿も猿獣人だからという理由を越えて褒められたものではない男。
その男は目の前の小竹につばを吐きかけると、
「百姓が侍様の目の前をふさぐんじゃねぇ、頭を下げろ」
と吐き捨てるように言うと肩を怒らせて歩いていきました。
小竹は彼のあとをついていきました。
理由は彼の行く先が自分の家のある場所だったからです、
でもそれだけではありませんでした。小竹はなぜかその猿獣人に懐かしさを感じるのでした。
「織田家家臣!木下藤吉郎、ただいま帰ったぞ!!」
と小さい背丈で大いばりしながら猿獣人が家の前で叫びます。
家の中からお仲が出てくると彼に駆け寄り抱きしめました。
「藤吉郎・・・おお、藤吉郎や」
「お袋、俺侍になったんだぜ。それもオヤジよりもすんげぇ侍だ!もっともっと偉くなってやんだ。
村のみんな目をひっくり返すぐらいなんもかんもみんなてにいれてやんだ!」
「母さん、藤吉郎って・・・この人が俺の?」
「そうだよ小竹、お兄さんだよぉ」
「弟・・・俺の?お前が?ずいぶん背が高いじゃねぇかよ」
「背だけ高くても十分な働きができないから役立たずさ、兄さんには遠く及ばない。
あえて本当に嬉しいよ藤吉郎兄さん!」
「小竹か、お前気に入ったぜ!さっきは悪かったな、犬の見た目してるからいけねぇんだぞ?
野良犬が昔から妙に俺にきゃんきゃんちょっかい出してくるんで犬は嫌いなんだ」
そのあと藤吉郎は竹阿弥とぎくしゃくとした会話を済ませたあと、
小竹を呼んで子供の頃のとっておきの遊び場に彼を連れて行きました。
「お前侍にならねぇか、俺の見たとこお前はずいぶん頭が切れる。たいして俺はどうもおつむがよええ、
だけど行動力なら誰にも負けねぇ。だからさ、二人で侍やろうぜ!」
心優しい小竹は虫すら殺せない優しい青年でした、自分には無理だよと答える彼の肩を叩き。
「決心が付いたらいつでも俺のとこにこい、それから名前も今日から小一郎と名乗れ!
その方が強そうだ気だって強くなる!忘れるな、俺にはお前の力が必要なんだ!!」
藤吉郎が出て行ったあとも小一郎は彼のあの日の屈託のない笑み、
そして自分の今までとは全く違う男らしさを褒めて貰えたことが心に残り何度も何度も考えました。
決意を固め兄の前にやってきた小一郎を待っていたのは意外な人物でした。
織田信長、しかし彼が他の者を下がらせるとあとから一人の小さな少女が
鳥獣人を引き連れてあらわれ、信長の座っていた席に座ると二人をにやりと見下しました。
「木下小一郎、初めてあうな顔を上げよ」
「し・・・失礼とは存じます、あなた様は?」
隣に控え頭を下げるさっきまでの信長公を見ながらとまどいながら小一郎がそう訪ねると。
「俺が信長だ。織田家当主、織田上総介信長よ」
と彼らを見ながら大笑いした。
信長は二人の兄弟を見て自分の昔話をし始めた。
尾張の虎と恐れられた織田信秀、信長の父は病死した信長のかわりにと
愛人の子であった今の信長を連れ去り、そのときに彼女の育ての両親や周囲の者どもを皆殺しにした。
「憎いか、これが支配者の仕事よ」と悪びれもせずそう言い放つ信秀の悪魔の姿に
憎しみと同時に憧れを抱いた時から彼女の中で何かが壊れたのだという。
若干一年と半年の人生であったが、こうすることでもっとも数字としては
被害の少ない結果に及ぶことをすぐに理解した信長の才覚を認め、彼は2才の彼女を一つの城の城主とした。
そこまで話すと信長はあくびをしながら席を離れあとを蘭丸と呼んだ鳥獣人にまかせた。
二人を案内しながら蘭丸は信長ちゃんの話の続きを始めた。
信長は弟である信行が生まれ丸くなった信秀に複雑な感情を抱いていたのだという。
4才の誕生日、自分に当主になる道を捨て人として女として生きろといい、謝ろうとした父に
「もし土下座したらそれと同時にこの枕刀で弟を刺します」
と誕生日の贈り物で送られた魔よけの枕刀の刃を弟の首筋に当て、屈託のない笑顔でそういった。
「そうすればあなたは俺を憎みまた悪鬼羅刹となれるでしょう。
もしかすると俺を殺そうとするかもしれませんが、それを防ぐ手だてはすでに学びましたし。
あなたが俺以外を世継ぎにするために子を持つたびに、俺はそれを殺します。
立派に育ちましたよ父さん。悪鬼の自慢の息子だ」
「これが、己の業か……わかった、もはや何も言うまい。下がれ」
「ふぬけめ、悪党が上を持つなど不味くて食えぬわ」
「あにうえ……、あにうえはぼくをころすの?」
そういう信行を優しく見下ろし信長は優しく頭を撫でる。
「かわいい弟を手にかける兄がいるかよ。お前は俺が守ってやる、そう約束しただろう?」
獣人には生来特殊な能力が備わっていて、そのときから遣えている蘭丸には
物事の真偽を見抜く目を持っていた。
「恐ろしいのはあの幼子の言葉は暗にも陽にも嘘偽りのないところだ」と彼は言った。
あのまま話を受けもし弟が当主になれば、ふぬけた織田家はそれまでの父の業に攻められ没落し、
弟は腹を切る憂き目にあう。弟を守るためには殺して名誉を守る他はない。
裏がそのまま表となる、人なる領域をすでに踏み外した幼き鬼。それが信長であった。
齢は五つ、信秀が死に跡目争いで彼の前に周囲に押されて立ちはだかった信行をすでにその手にかけた少女。
小一郎は真夏の昼であるというのに冷たい風が首筋を撫でるのを感じていた。
猿と呼ばれると怒る藤吉郎をおもしろがり猿猿!と呼ぶ信長ちゃん。
彼女は常に体を鍛え胸が出ないように筋肉をつけていた。
そんな彼女を気遣う小一郎をうっとうしがりながらも、蘭丸は彼を排除しようとしない信長に
一片の情が生まれ始めている事を危惧する。
小一郎は黒俣の砦で藤吉郎に名軍師竹中半兵衛からの教育を与えられ、
その才覚を目覚めさせ始めていました。
しかしある日藤吉郎が大きな失敗をしてしまい、
それを元に逃走、もしこのまま失敗が大きくなれば打ち首だという情報を聞いて、
師匠の制止も聞かず蘭丸の手助けも借りて飛び出してしまう小一郎。
蘭丸はこのまま小一郎を始末できればと考え手を貸したのだが、
心から感謝され複雑な感情を抱える。
駆けつけた小一郎の機転によって敵を一網打尽にし、逃げ切ることに成功した藤吉郎達だったが
やはり打ち首の命令を受け信長の前にやってくる。
しかし互いを気遣う兄弟をおもしろがった信長が口にしたのは意外な一言であった。
「打ち首の前に策をろうじてみろ!ここから逃げ出せたなら許してやる!」
弟の助言と手回し、そして蘭丸の部下の忍者の手を借りて
織田家の城から逃げ出すことに成功した藤吉郎と小一郎は
信長からある作戦を任される。
その作戦はあらかじめ逃げ出すことに成功するのを彼が予知していたかのように準備されていた。
「余計な手を貸した輩がいたようだがな?」
と意地悪く蘭丸をにやりと睨む信長に頭を下げる蘭丸。
苦境に立たされた益富城の敵を退けよ。という指令を受けた藤吉郎達は九州へと向かう。
どう考えてもこの状況から敵を退けるのは不可能、もう敵は城に攻め入ってしまうのが確実となっていた。
その状況を見ていた藤吉郎は「いっそ城がなくなってしまえばいいのに」
と言い、それを聞いた小一郎は「それだよ兄さん!」と手を叩き早速作戦を始めた。
善戦むなしく益富城は夕焼けの中炎に包まれ焼け落ちてしまう。
敵は意気揚々と基地へと帰っていったが、
息を殺していた小一郎達の背後にうごめく影達は敵がさると一斉に動き出した。
再び敵が益富城へやってくるとそこにはまったく無傷の益富城がそびえ立っていた。
しかも城の中には大量の兵が潜んでおり、
崩れ落ちた城だと油断していた敵はあっという間に攻め落とされ
大将も藤吉郎との激しい一騎打ちの果て打ち倒された。
実は昨日の益富城の火はすべて農民達が松明を持って城が燃えているように見せかけていただけだった。
それ以外にも城が崩れる音なども農民達に作らせ、まんまと敵をだまし、
一晩かけて返り討ちの準備を行えたのだった。
その成功に沸き立つ藤吉郎と小一郎達。
それを高い崖から見下ろす者がいた。
大軍を引き連れた黒馬にのった少女、信長であった。
「杞憂でございましたな」
「ふん、心配などするか。近くを通ったから見に来ただけよ」
蘭丸の言葉にツンと返す信長。
しかし馬にきびすを返させる時視界の縁に無事で喜んでいる小一郎の姿が見えた瞬間
ふっと彼女は少女らしい笑顔を見せ馬を走らせた。
「人間か……わからん生き物だ、お前のような存在も主には必要なのかもしれん」
「生きろよ」
捨て吐くようにそういうと蘭丸も信長の後を追って馬を走らせる。
木下藤吉郎はその武功から自ら羽柴秀吉を名乗り、
小一郎も彼の影で彼を支え続けた。
後に伊賀の里を含む神の住むという大和郡山城百万石の大名となった小一郎改め豊臣秀長は、
一人の信長によく似た少年を我が子として連れていたという。
少年が秀長と一緒にその膝の上で馬に乗りながら、
大和の地を遠く見つめる父を見上げて幸せそうに笑う。
秀長はその笑顔にあの日の信長を重ね静かに微笑むと馬を走らせるのだった。




