125回目 テレサるディート
時代は現代、マンハッタンのとある警察署での物語。
ある犯人に挑戦状を送られすぎて資料室送りになった過去を持つ、
初老のハスキー宇宙人獣人の元凄腕刑事ディト。
資料室の資料をすべて覚えてるため検閲で処分された物も覚えてる。
気が優しくて奥手ないまいちぱっとしないバイト警察官のテレサは、
休み時間の度に資料室にこもるようになっていた。
その目的は落ち着いていて物腰が優しいディトに会うことだ、
まるで実のおじいちゃんみたいだなとそんなことを考え、じっと見つめる彼女の視線に首をかしげる彼に微笑む毎日。
「昼飯時に来るのはかまわんが、資料を読みながらハンバーガーを食うのは遠慮してくれよお嬢」
とやれやれと彼は淹れたてのコーヒーをテレサの目の前の机に置きながら言った。
たれそうになってるケチャップに気づいてあわててハンバーガーを引っ込めるテレサ。
老眼鏡をかけ直し彼の癖の右目閉じで上目づかいにテレサを見るディト。
「今日は五つ目、食べ過ぎ。野菜も食わんとバランス悪いぞぅ」
ディトはペンをテレサに向けて軽く振ると自分の椅子に座り、コーヒーを口にしながら台帳に記入をし始める。
コーヒーの香りと資料の紙の匂いが混ざり合い、ディトのペンの音が時を刻むように続く、
理由はわからないがテレサはこの一時がとても好きだった。
さっきうっかり少しケチャップが資料についてしまったのは後で謝ろう。
テレサはそう考えながらコーヒーを一口飲んだ。
テレサはちょっと変わってる女の子で、
5才の時に目の前で同じ孤児院の子供たちが惨殺される殺人事件を見てから事件マニアになってしまったのだ。
具体的に言うと事件が起きるとその事件が頭の中で恋人のような存在になり、
彼に自分の謎を解くのが自分への愛の証明になるよと愛の言葉を囁かれるのだ。
生まれた時に教会に捨てられた彼女は明確な家族の認識がなく愛情に飢えていた、
その事もあり事件は彼女にとって酸素のように自然なものになっていた。
学生時代もその癖は過剰に働き、彼女の事件解決能力を買われ
高校生をしながら同時にFBIの捜査官のバイトをしている。
正直言って彼女が事件にはまっている時は不気味すぎて誰も近寄らないが、
ディトだけは彼女に引かずに、それどころか積極的に協力してくれた。
「今回の事件は妙に苦戦してるな、引っかかる点でもあるのか」
「普通の事件と違って妙に繋がりがないの、不自然なほどの不規則性、
計算でこれをやってるとしたら大した天才だと思うな」
でも、といいかけてテレサは爪を噛む。
脳裏に高速再生される事件現場の違和感、そこに何度も現れた脳内の擬人化された事件の姿。
彼女が初めて感じる事だがそれははっきりと形をもった確信となって口をついた。
「この犯人は事件に愛されてない」
「ふーむ」
テレサはディトの紹介で彼の現役時代のブレインであるプロファイラー、ケイスにあう。
彼は遺伝子異常で子供の姿のままのエロゲーライター。
ディトを切った警察がつまらないからと組織を止めたらしい、
ケイスはテレサを見るや「君血の匂いがする、合格ーハハッ」と協力を引き受ける。
「はっきり言って僕にもできることとできない事があるよ、
今からできる事全部まとめてやるから5分だけまっててねン」
と指先についたチョコを舐めながら話すケイスはあっちこっち椅子で移動し、よくわからない機械を操作していく。
「こういったわからない事、隠されてる事を暴きだすには他者の視点だよ」
ケイスがキーボードをいじると壁いっぱいに敷き詰められたモニターに大量のブラウザと、
ネット上の古今東西な噂話が巨大な川のように流れ始める。
「統計結果を集めてーその中の不自然なノイズのパターンを測定。
その中の共通点のある項目を抜き出してー」
赤いラインが巨大な文字の大河の中を走り始め、単語を拾いそれを一つに結合させていく。
「ほいほいほい、きたきたきたァ!」
ケイスがモニターの下まで椅子を滑らせ、円形のハンドルをぐるぐると回転させると
一つの住所が印刷された紙がまるでモニターから絞り出されたように出てきた。
「んふー、ロヴァーヒルタウンの工場地帯、か」
「ほら、僕が集められるのはここまで。この先はデリケートゾーンだから危ないと思うよゥ?
でも危険な森の奥に魔女はいる。これ、定番だよね?事件マニアなら常識だよね?」
「映画とかだと上に報告せずよく一人でいっちゃいますけど、私はちゃんと上に報告しますよ。おあいにくさま!」
お礼を言いながら去っていくテレサに手を振りながらほくそえむケイス。
「そのつもりで来る人が予備のマガジン用意の銃なんて持ってこないよねェ、アルキメデス?」
ケイスの膝の上でにゃおうと猫は鳴いた。
彼の予想通り敵にゆかりのある場所に飛び込み、事件狂いモードになって。
捜査がもう少しで犯人を捕まえられそうなところまで来て唐突にディトのスペインへの左遷が決まり。
何とかするために異常に感が良くなる事件センスもフル活用で捜査を拡大させていくテレサ。
宇宙人獣人達は元来五寸釘ほどはある針のような物で身体機能を変化させる特性をもっていて、
その機能を兵器利用しようとした軍の暗部により身体実験を繰り返され元の姿に戻れなくなった男が犯人だとわかる。
そして恐らくその男がディトに付きまとっていたくだんの犯人であることも感ずき、
男が研究機関を破壊した時に失われた対実験体用のパルスガンの試作型の最後の一丁を港の倉庫地帯で手に入れる。
彼女の頭の中で事件がささやく。
「ええ、そうねお出迎えしなきゃ」
テレサが振り向いた先には、一体の化け物の姿があった。
追い詰められ大ピンチになるテレサの元に駆けつける一台の古ぼけたパトカー。
中に乗っていたのはディトだった。
異形の化け物の姿をみるや「できればこうなるのは避けたかったんだがな」とつぶやくディト。
「さて老体にむち打ってみるか」
首に針を深々と突き刺しブースト、怪人化するディト。
怪人化したディトだったがやはり年老いた体が彼の求める性能を出せず、徐々に追い詰められていく。
彼が刺し違える覚悟で行った最後の手も封じられ腕も折られて満身創痍になる。
止めを刺そうとする化け物にクレーンが突っ込む。
飛びのけた先々に次々に罠が仕掛けてあり、どんどん追い込まれていく化け物。
後を追いかけるテレサの不敵な笑みと、うすぼんやり見える謎の人影がテレサに化け物の位置を知らせてしまう。
「事件を愛さなかったのがあなたの過ちだったわ」
そう言ってパルスガンを打ち込むテレサ、
そして背後からディトの拳が化け物の心臓をえぐりだして潰した。
響き渡るサイレンの中元の姿に戻り傷だらけのディトに肩を貸しながら歩くテレサ。
変身用の針は宇宙人達が人間と共存の契約した時に全て没収されたはずで、
それを持っている獣人にはテロリスト容疑がかけられ厳罰が科せられるはず。
その事をそれとなく尋ねる彼女にディトは遠い目をしながら答える。
「これは仲間から託された希望、だったものだ。希望を託されておきながら俺はなにもしなかった。
気が付いたら年だけ食ってこのありさまだ、我ながら自分の勇気のなさが情けないよ」
「ううん、きっとディトさんはこれでよかったんだよ。
彼が最後に笑って死ねたのはきっと幸せだったと思う、だからこれでよかったんだ」
「・・・そうか」
なまいきだぞッとくしゃくしゃとテレサの頭を撫でるディト、
もー!髪型めちゃくちゃじゃないですかぁと頬を膨らませぷんすかしながら笑うテレサ。
事件が解決したことでディトのマンハッタン署への残留が決まり、
二人のいつもどおりの日常の風景が資料室にあった。
しかし事件は起きる。
資料室に駆け込んできた男を見た二人がお互いの顔を見てうなづき、
テレサはFBIのジャケットを羽織って今日も現場へ向かうのだった。




