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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
5歳の女の子と獣人さんのお話
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121回目 ウォースペース

近未来政府は将来犯罪者になる環境や要素を持つ人間を強制的に一時収容し、

一定期間その頭の中にカウンセラーをダイブさせて精神を矯正する計画を行っていた。

犯罪は激減したがその計画を行うカウンセラーには多大な危険が伴い、

戦士や兵士並みの度量が必要とされていた。

そのため精神世界はダイブカウンセラー達の間で「ウォースペース」と呼ばれていた。


カウンセラーの行うのはダイブ後日常生活を始めた患者の精神内に斥候のように潜み、

患者が飛び降りようと屋上に立ったりした時、死にたいという意思がボスとなり精神世界に現れるのを確認、

それを撃破することで間違った行動を阻止したり。


酷いことを言われ傷ついた時に、傷口部分がダンジョンになり膿のようにモンスターが溢れてくるため、

ダンジョン内部に入りダンジョンの最深部を潰す。

そしてその傷ついた部分にパッチをあてて強化し、次に同じことをされても患者が平気になるようにする。

ある意味確実性のあるロボトミー手術とも言える治療法であった。




やりかたがまずかったり、環境が患者のキャパシティを超えすぎていると、

手術の結果患者が人形のようなロボット人間になってしまう危険性もはらんでいた。


ロン・キュービィは腕利きのマインドカウンセラーで慎重な男であった。

彼に一度の失敗もなく、その名声は静かだが確実に有名になりつつあった。

ダイブする相手は15才のガーネット・ジャクソンという少女。

ロンの準備の手早さは彼の自信を表していた、

彼が助手のミックにサムズアップで合図を送るとマインドダイブが開始された。


次に目覚めた時彼は少女の心象世界の中で、一匹の犬の姿をしていた。

下調べで見た彼女の愛犬の姿によく似ている。

「なるほど、彼が彼女の守護天使象というわけか。とはいえこれでは動きにくいな、少し改変するぞミック」

『オーケーボス』

遠雷のようにミックの声がするとジジジッとデジタルのノイズがロンの体に走り、彼の体は犬の姿の人間になっていた。




制限時間は一カ月、それ以上は彼女の精神に異物が入り込んでいる事を隠しきれず、

ロンとガーネットの精神はともに崩壊してしまう。


ロンは尽くせる限りの手を尽くしたが、全てのチャプターの終了時のレポートをまとめて思い知らせるのは、

彼女がホリック、つまり環境が劣悪で人格矯正が不能な部類の患者であるという事実だけだった。

ロンは諦めようと脱出の準備を始めるが、

心象世界でのなんとかしようと努力を続けるガーネットを見て、

彼女にある提案をもちかける。


ガーネットは現実世界の自分を『妹』と呼んでいて、彼女のためならどんな危険でも踏み込んでみせると言う。


彼女の返答にロンはついに禁じ手とされているブレイクワールド術式に挑む決意をする。




それは荒療治で患者の持つ世界観を全て破壊し、環境に適合できるように再構成するという

一つ間違えばただの別人になってしまう可能性のある方法だった。


決意を固め目の前にやってきたガーネットにいやがるミック、

彼に意味深な言葉で脅しをかけてデバイスの起動をさせるロン。


「緊張しているのか?」

「少しね、そういえば私まだ直にあなたの本当の素顔見たことないわ」

「これが終わればいつでも見られる、カフェにでも行こう。おごらせてもらうよ」


言い終わるとロンはガーネットに手を差し出す。

「さあ世界の終わりが始まる、この手を掴んでくれ、そしてけして離さないでくれ」

患者のパーソナリティも世界の崩壊に巻き込まれないよう、ロンは彼女の分身と繋がっていなければならなかった。

そんな理由とは知らずに、ガーネットは乙女の笑顔で彼の手を握りしめる。




崩壊していく世界の中を二人で協力して逃げ続けていく。

術式の時間は6時間、その間逃げ続けなければならない。

その中で患者にとって転機となった悪い出来事やタブーが影もやとなって現れ、

異界化を引き起こしたり、迷路や幻覚を見せ、ボスとして立ちはだかる。

それらを全て乗り越えなければ世界の崩壊は終わらない。


「これは化け物退治なんかじゃない、本質的な面で君がトラウマを乗り越えればそのたびにこの悪夢は消える」

顔面蒼白で体を震えを両肩を押さえて押し込めているガーネットは気弱な声で呟く。

「一生分のトラウマを数時間で克服するなんて・・・私には無理だわ」

ロンは苦渋の顔をし、それを彼女に気取られないように厳しい表情に切り替えて怒号を浴びせる。

「やるんだガーネット!今しかできない、一生後悔するのが嫌なら、今を逃げるんじゃない」


ガーネットの涙を浮かべた悲しげな視線がロンの心に突き刺さる。

しかしその時彼はまだ彼女の涙の理由をしるようしもなかったのだ。




二人の力でなんとかトラウマを乗り越え、時計も残り時間11分を示していた。

「もう安心だ」

そういって安堵の表情を見せる彼に反して、

先ほどまでトラウマを乗り越えられた喜びに満ちていたのが豹変するガーネットの表情。

「まだ最後のが来てないわ」


最後のトラウマは愛犬が死んだ時のトラウマだった。

ガーネットが乗り越えなければロンは死ぬ。

それを彼女は恐れていた。




思考パズルの末、彼女のすべきだと悩んでいた事を具体的にイメージすることで、

克服のきっかけとなる巨大な罠を生み出し、

トラウマのボスとしての実体化にも成功。

二人の力で命からがら最後のトラウマを乗り越える。


世界が終るほんの数秒間、最後に走馬灯のように映る光景があった。

それを見て穏やかな顔をするガーネット。

それは彼女にとって良い転機となったこと、輝く思い出の残像だった。


その最後に心象世界でロンと出会った時の彼の姿と自分の姿を見る。


ロンの手をきゅっと握りしめると、彼女の気持ちに応えるようにロンが優しい瞳でガーネットを見つめる。

呼吸をするより自然に、その世界の終わりと始まりの瞬間二人は優しいキスをした。




人格矯正が終わったガーネットが現実世界で目覚めると、彼女はミックが誰かわからなかった。

それどころか心象世界の事もなにもかも全て忘れていた。


患者は精神矯正の後それに関する記憶を消される。

ロンは彼女にそのことを最後まで秘密にしていたのだ。


価値観と世界観の変わった彼女にとって努力を持って自分の生活環境を変える事は不可能なことではなくなっていた。


ごくごく普通の女子高生としての生活、友人との休日を終わり帰り道。

道端で捨て犬にパンを食べさせている青年と出会うガーネット。

「私犬を見ると不思議と勇気が出るんです、まるで神様のような恋人を見ているような不思議な気持ちになるの」

子犬を引き取りますと言って抱きかかえる彼女の頭を撫でる青年。

去っていく彼の背中を、ガーネットはただずっと見送っていた。 

きっと彼のことは一生忘れることはないだろうと、奇妙な確信を抱きながら。 

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