119回目 言語世界
ただ降り積もる雪の中、白と黒の世界が彼女の最初の記憶だ。
何一つない虚無の空間でただ一つ、その街の死と引き換えに
自分が生まれたのだということだけが、たしかな確信と共に彼女の胸にあった。
世界中に神の言葉がばらまかれ創世神の奇跡が封じ込められ、
奇跡が消えて世界には病魔と悪がはびこった。
ただの人間ではあっというまに狂気と病に死んでしまう。
街や村の中に一人医者がいて、住人を改造して人々は命をつないでいた。
医者を首領とした秘密結社みたいな街や村や国ばかりの世界。
5さいの少女ペルは解読者の能力を持ち、
戦士たちの街で雇った用心棒の漆黒の馬獣人騎士ディランと旅をしていた。
とある街で助けた優男に医者を紹介するように頼むペル。
医者は街の生命線、簡単には会うことはできないが、彼女にはどうしても彼に会う必要があった。
その街の医者を紹介するという交換条件を頼まれ、
街を呪詛のように包み込む神の言葉を解読してみせるペル。
解読を阻むために襲いかかってきていた無数の悪鬼、
ディランと街の戦士ゾークがそれに立ち向かっていたが
ボスクラスの一体にゾークがやられかけ、それを救うためにディランが剣を振るった一瞬をつき、
敵の一体がペルの背後に回ってしまう。
「この街の言葉がわかったわ」
悠然と立ち上がると、背中の悪鬼の攻撃を気にとめることもなくペルは口を開く。
「ラディアンルー、風よ塵を空へと還せ」
ばふっと全ての悪鬼が塵になる。
ボスクラスが粘っているとディランが剣を突き立て消しさる。
優男が拍手しながらそこへやってくる。街の戦士たちが道を作りひざまづく。
「やはり貴様がこの街の指導者か」
ペルを背に優男に向かい剣を構えるディラン。
「珍しい改造を受けた二人だ、とくに君」
優男がペルを見ると周囲の戦士たちが彼女を見る。
ペルの息をのむ音を聞いてディランは周囲に気付かれないように彼女の手を握る。
「大丈夫か」
「ええ」
振り返るディランにペルは笑顔を見せる。
ペルはいつもディランの顔を見ると、どんな時でも笑顔になってしまう自分が不思議だった。
「あ、ああ、ならいい」
ディランも彼女の笑顔を見ると妙に照れくさくなるのが不思議だった、
彼は顔が熱くなり目をそむける。
「約束よ、次はあなたの番」
「そうさせてもらうよ」
殺気立ち前に出ようとする街の戦士を制止しながら医者は両手を腰におき、
なんだかにやにやと二人を見た。
「いけすかねぇ野郎だ」
むくれるディランの頬に触れながら笑うペル。
ペルはバベルの街の人間丸丸全部を一つに固めて生み出された人造生命体。
それによって世界で唯一の神の言葉の解読者の能力を持っているが、
自分の体の中の他者はいわばガン細胞のようなもので彼女を蝕み、
このままでは彼女は一年ともたない。
彼女の目的は方々の医者の技術を使い街の人間を自分の体から摘出していく事。
今回摘出された女性を説得し、次に尋ねるべき技術を持つ医者のヒントを貰うと
二人は誰にも気づかれないように街を抜け出す。
世界を救えるのは彼女の解読者の能力だけ、
人間たちは彼女がバベルの巫女だと知ると救世主として捕らえようとするのだ。
能力を失っていく事、
もしかすると彼女は最初から存在していない可能性、
葛藤の中ペルは旅を続けていく。
世界の果てまで続く旅、勇敢な彼女の背にディランは誇りすら感じていた。
彼女の背に向けて騎士の忠誠のそれのように剣をかかげ、目を閉じる黒騎士。
「行こう、ディラン」
「ああ」
飛び出してきた数体の悪鬼を舞うように切り裂くディラン、
その動きの中でペルをお姫様抱っこする。
口笛を吹いて、ディランを見つめるペル。片眉を上げてにやりと笑うディラン。
「私大きくなったらディランのお嫁さんになる」
「今でも構わないぞ」
ディランの唇に指をあてて妖艶に目を細めるペル、
彼女の中の女性の所作だろうか、やたらに色っぽくてディランの鼓動が早まる。
「おませなお馬さんねぇ」
二人は心と心をそうするように、唇をゆっくりと重ね合わせる。
ディランが再びペルの顔を見ると、驚くくらい真っ赤な顔をした彼女がそこにいた。
指をくわえて目を泳がせながら
「思ったよりドキドキするのね」とつぶやくペルに、大笑いするディラン。
この先どうあろうときっと自分は死ぬまで彼女のそばにいるだろう、
ディランはそう確信を胸にペルを力強く抱きしめていた。




