表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
5歳の女の子と獣人さんのお話
118/873

118回目 あなたがいれば

樹海に迷い込んだ少女「朱子」(あかね)(5さい)

樹海の中では異形と化した亡霊たちが天国に行くために殺し合いをしていた。


亡霊の中の獣人の姿の男と出会い、最初は襲われるが

朱子の流した血を見て手を止める獣人「出雲」(いずも)

「てめぇ、この血は」

文様柄の毛並みがまるで神霊のように見えて朱子は

自分の血を舐める彼に見とれていた。

「生きてる人間の味だ、どうしてこんなところに」

そう彼が尋ね終わる頃には彼女は、出雲の胸の中に倒れこんでいた。


「まいったねこいつは、どうも」

顔を赤らめながらも相手は5才だぞ!?と内心動揺する出雲だった。?




目が覚めると真夜中で、外で空を眺めていた出雲に

自分に掛けられていた毛布をかける朱子。

「あり、がとう」

「なんだ、礼を言う時くらい顔を見たらどうだ」

小さく困ったような声を出す朱子、彼女はなぜか出雲の顔を見なかった。

「まぁ不細工な面ではあるがなぁ、ははは」

頬を掻きながら出雲は朱子の緊張をほどこうとおちゃらけてみせる。


出雲はその森がなぜ今のような状況なのか説明し始めた。

ここで死んだ人間ばかりの霊はみんな人間を憎んでいるから、

自然発生的に殺しあいを始めて、それが天国へ行くための方法なのだと、

根拠もなくいいはってるだけなのだという。


「おじさんもそうなの?」

「んー、どうだったかな」

出雲は少し考えた後苦笑いする。

「忘れちまった、かな。ここにいるって事はろくでなしではあるんだろうがね」


「おじさん赤ずきんってお話しってる?」

「ああ、狼がお前みたいにかわいい子をたべちゃうぞー!ってあれか」

狼のマネをしてみせる出雲、でもやはり朱子は彼を見ていない。

肩を落とすと出雲は顔に手を当てる。


「私優しい赤ずきんになってみせるわ」

「どういう意味だ?」

「いい子は寝る時間だから、もう寝るね」

「うわっと、おい!ここで寝るなって」


朱子は出雲の肩にもたれかかり彼の毛皮にうずくまるように寝息を立て始めた。


「やさしい、赤ずきん・・・ね」

出雲は朱子の頭を撫でると、そっと抱きかかえ寝床へと連れて行った。




無理心中で唯一生き残り天涯孤独の身になった朱子。


自分を血もつながってないのに引き取り、

大切に育ててくれたお兄さんが周りの人間に追い詰められ挙句に飛行機事故で死に、

そのあと彼の遺産を目当てに自分を騙そうとすり寄ってくる

彼を追い詰めた人々の中で世界に絶望し、

彼の亡骸があるかもしれないという場所へ向かい、

全てを終わらせるために彼女はある樹海へ足を踏み入れた。


事故から少々の霊感を備えていた彼女は、

富士の樹海くらいの怨念が森を異世界化している場所でないと迷えなかった。


森のおどろおどろしい静寂、

管理する者もなくただ茂るばかりで日の差さない暗闇は、

彼女にここに生きる人間はいないのだと感じさせ、つかの間の心の安らぎを与えていた。

すでに彼女を取り囲んでいた邪悪な気配にすら気付かないほど、少女は疲れ切っていたのだ。


殺伐とした死者たちの世界の中、

ここで死ねば彼らの仲間入りをするしかない現実を知らされた彼女は

なんとか外の世界への脱出を目指すことになる。


でもそれを決意したのは彼女一人の力じゃなかった。

霊感のある彼女は殺しあう霊達に自我がない事に気付いていて、

いっそのこと楽になってしまおうという考えもなくはなかった。

でも彼女を掴んで離さない優しさが、

彼女と共にある温もりがほのかに前に進む力を諦めさせなかったのだ。


たとえ行く先が闇であっても、

彼と一緒にいられる自分を彼女は見捨てられなかった。

まだ幼い彼女にはその気持ちがなんなのかまだわからなかったけれど、

未来を見てみたいと少女は生まれて初めてそう感じていた。




樹海のそばの山には神様が住んでいて、

その頂上まで行けば怨念が生み出した異界から出られるという彼の言葉に従い、

あの花奇麗だねなど話しながら、

山の頂上を目指していく二人だったが。


途中さまざまな困難を乗り越える過程で傷ついていく出雲と朱子。

山の裂け目から落ち、朱子を逃がすために亡霊の群れにとどめを刺される形で

出雲が死んでしまう。


彼が今わの際に朱子に渡した腕輪を握りしめながら、

朱子は一人で山を登っていく。


何度も何度も転んでも、躓いても、くじけそうになるたびに腕輪を握りしめ

その感触から彼の姿を思い浮かべ前を見つめた。

彼に抱いていた感情の正体、そしてどこか覚えのある腕輪、

その答えが彼女の目の前にあると天啓のような確信を胸に朱子は進んでいく。




力尽きついに逃げきれなくなった朱子のそばに亡霊達が集まり、牙を鳴らし始める。

足を引きずりながらそれでもまだ前に進んでいた朱子がふと歩みをとめた。


彼女の目の前には一人の男の亡骸があった。

その腕には朱子のしているのと同じ腕輪。

朱子が落ち込んでいるお兄さんを少しでも元気づけようと思って作った腕輪があった。


朱子の胸にすでに恐怖や苦しみなどはなく、ただ穏やかな静けさがあった。


近づいてくる亡霊に目もくれずに、彼の亡骸をそっと起こし頬の雪を払う。

彼の握った小さな紙に書かれた自分へのメッセージを読み、

出雲のしてくれた事の全てにその内容の行動が全部含まれていて泣きだす朱子。


異形の化け物が取り囲み真っ暗な闇に落ちながら、

朱子は彼の唇にそっとキスをする。




朱子が目を開けると銀色の世界を光の剣がさすように、

荘厳な太陽が空に昇り始めていた。

邪悪な化け物たちの姿はもうどこにもなく、

氷のように冷たかった彼女の心もいつのまにか少しだけ温もりを感じ始めていた。




朱子は家に帰り周りの大人の力も借りて悪人たちと戦って

それなりに生活できる環境を手に入れた。

それでもあの遭難中の経験やそれまでの精神的な苦痛から、

今でも悪夢と幻覚にうなされる生活が続いていた。


とある日の朝、

彼女の枕元に一つの封筒が置かれていた。

その中にはあの雪山で出雲と見た奇麗な花の押し花、

その封筒の裏には from Heaven. と書かれていた。


朱子の元に一人の女性がやってくる。

これまでのレポートを読みながら椅子に座ると、

彼女は眼鏡を少し直して朱子の顔を見る。


「なにかありましたか?」

「友人から便りが届いて、元気そうだったので嬉しくて」

「それはなによりです」

「先生」

「なんでしょう」

「私がんばります、頑張って今生きていることが幸せだって思えるようになるわ。

 きっとそのために今ここにいるんだもの」


差し込む光に空を見上げる朱子、

彼女の耳に空の果てからはるかに喜びの歌が響いて聞こえていた。

ケルティックウーマンのYou raise me upを聞きながら書きました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ