116回目 カフェ・ド・ノエル
ことんことんと窓の外に電車が走るたびに、窓から差し込む光が店内を照らす。
大きなガラス窓が壁いっぱいに作られた窓際席ばかりの細長な喫茶店の中に、
その中の一つに腰をかけ頬杖をついて外を眺めている少女(5さい)がいた。
カランカランとドアのベルを鳴らしながら黒衣の大柄な鷲獣人が大荷物を背に入ってきた。
「珍しいな、客か」
「ここの店員さん?このお店照明がなにもなくて暗いよ」
はははと笑い荷物を降ろし、どっかと椅子に腰をかけると
彼はあごに手を当てながら少女を見た。
「残念ながら俺も客だ。ここが暗いのは外のあれでがまん、だな」
ことんことんとまた電車が走る。
中には家族連れや、一人で本を読むサラリーマン風の人や
ケンカをしている人いろんな人間が乗っているのがちらりと見える。
「君はなぜここに?」
「みんながそうしろって言った通りにしたらここにいたの。
居場所無かったし、なにもかもどうでもよかったから、ここにいるの」
俺の仕事上あっちの世界の人間は気にくわない、
だがこの少女の言う言葉の意味をくむと静かな怒りがこみ上げてきた。
「電車に乗れ、いつまでもここにいるわけにはいかんだろう」
「あっちいってもたぶん一緒だと思うし、
ご飯食べなくてもお腹すかないし。だったら私ここでいいかなって」
その年齢には不似合いなほど彼女は透明な横顔で外を眺めていた。
きっと彼女自身自分の色がわからないのだろう、
俺は武器の柄を無意識に握りしめその手には汗が滲んでいる事に気付いた。
俺達が「はぐれ」と呼ぶ者、彼女は俺が刈り取り消さなければならない対象だった。
それから数日、俺は何度もその店を訪れては
電車が通る時間の店が明るくなる間だけ少女と会話する事だけしかできずにいた。
彼女も運命に翻弄されたただの被害者にしか思えなかったからだ。
なんとかして救ってやる手だてが欲しい、
俺はそうした存在ではない、わかってはいるのだが。
俺は自分のふがいなさと今抱えている感情の整理が出来ず、
頭を抱えながらまたいつものように店に入ると、聞き慣れないピアノの音が聞こえた。
それは俺がならしたベルの音でぴたりと止まったが、
視線の先ピアノの前には少女の姿、彼女はちらりとこちらを見るとにこりと笑う。
俺は扉を閉じて席に座ると、彼女に視線で合図を送る。
少女はそれに応じて優雅な動きで指を鍵盤に運び、旋律を奏で始める。
楽譜台に楽譜のない曲、俺はそれが俺のために作られた曲なのだとすぐにわかった。
俺が彼女に話してきた事を物語にするなら、その曲ほど似合う音楽はないだろう。
心に染みこんで響くその音色に合わせて、俺は彼女の事を想いながら歌を歌った。
少女は最初少し驚いた顔でこちらを見たが、髪を片手でよけかすかな笑みを浮かべて演奏を続ける。
彼女は俺と同じだ、まるで鏡写しのように。
俺の欠けていた心のパーツ、それがきっと彼女なのだ。
獣人は死に神、少女ははぐれた亡霊
電車は死者を次の人生へ運んでいる。
しかし今相反する立場の二人は喫茶店の開店準備をいっしょに行っていた。
時折やってくるはぐれの憩いの場所になれるように。
死に神の仕事とは正反対だなと笑う彼に、
少女は手を回してエプロンのヒモを整え結び直し、
一つ頷くとよく似合ってるよと満足げに微笑みかける。
二人は指をからめ、瞳と瞳を見つめ合うと小さくキスを交わす。
少女がドアの鍵を開け、札を回して開店の面を表にする。
獣人がカウンターの中でコーヒー豆を煎り、
店内に良い香りが満ちていく。
からんからんと音がして、ドアの向こうに人影があらわれる。
「いらっしゃい」
二人はやってきた初めての客を笑顔で迎えた。




