114回目 うしろの正面だぁれ
一人きりの時にかごめかごめはしてはいけないよ。
彼女の父はよくそういっていた。
江戸時代中期のとある下町で暮らす少女幽香(5さい)は
いつもぼんやりしている少女で家も貧しかったが、
お父さんと二人暮らしでそれなりに幸せだった。
ある日町中で見かけた風車を彼女はとても気に入ってしまい、お父さんにおねだりした。
お金がないからとお父さんが断るとあんまりにもションボリした顔を見せるので、
やれやれとお父さんが風車を買って帰る途中、彼は辻斬りにあい帰らぬ人になった。
独りぼっちになった幽香に残されたのはいつも愛用している手まりと、
お父さんの握っていた形見の回らない風車だけだった。
お父さんの友人がバクチで金に困り、幽香を騙して彼女を遊郭に売り飛ばしてしまう。
夜が近づき、幽香は星読みができる父がその晩は呪われた夜だと言っていたのを思い出す。
彼女は父の言う通りのおまじないをして夜を迎える。
街の一角を夜闇が固まりになって囲んでやってくる。
夜闇に触れて灰になっていく人々。
夜闇は遊郭の幽香へと近づいていた。
幽香は寂しい時いつもかごめかごめをしていた。
お父さんにはいけないものを呼び寄せるからいけないと叱られていたけれど、
それをしている時だけ不思議と一人じゃない気がしたからだ。
うずくまり目を手でふさいでかごめかごめを歌う。
幽香のすぐ近くにまで夜闇が近づいてくる。
「後ろの正面だぁれ」
幽香がそういうと彼女の後ろに手足尻尾が炎、頭には角を生やした狼の姿の獣人が立っていた。
幽香はなにも気付かず手まりをつき始める。
彼女に手を出そうとする夜闇を獣人の炎の手足と牙が切り裂いていく。
幽香に夜闇の攻撃が当たりそうになるたびに、手まりがはねて彼女を安全な場所へ導く。
夜闇が全て消え、おどろおどろしい音が消えると、
幽香は安心して手まりを抱きかかえ、懐から風車を取り出す。
眺めてもそれはやはり回らない。
ふと彼女の頭を優しく撫でる感触がする。
幽香が振り返るとそこには誰もいない。
ただ静かに風車がからからと音を立てて回り始める音だけがあたりに響いていた。
遊郭の人間は幽香を除いてみんな失踪してしまったため崩壊。
幽香の父を殺した下手人も見つかり、
彼女の身請け人も現れて、新しい家で友達も出来普通の子供として遊びに走る途中、
彼女はひとりぼっちでかごめかごめをする子供を見る。
その子の後ろに化け物が現れてその子を一口で食べ、血が幽香の顔に付く。
幽香はそれを見て冷たく笑った。
手まりをつき、かごめかごめを歌いながら幽香は歩いていく。
子供達の笑い声が青空に響き渡る。
そんな中で小さな声がする。
「後ろの正面だぁれ」




