113回目 卵焼きと花丸と
青い空と蒼い海と白い防波堤の世界に、一人の少女るりは(5さい)がいた。
彼女は膝の上にお弁当箱をのせ潮の香りを胸一杯に吸い込むと、
はぁ~と大きく息をはく。
「やっぱりご飯を食べる時はロケーションが大事なのです、ねー」
ふなー
と彼女の横で茶とらの猫が鳴いた。
「神様がこんなとこでのんびり飯食ってるなんて知ったら、
人間共がなんて言うかねぇ」
呆れたような声で言うその大きな人影に、
るりははメガネを光らせながらかけ直しまゆをくいくいっと動かす。
「ノンノンノンいけませんね、ファロ君。今のセリフは酸っぱいのですよ。
お弁当の中には卵焼きとタコさんウィンナーがあるのです」
「酸味とはあわないのですよ、か。味にはうるさいとは聞いてたけども
まさか喋る言葉一つにも注文されるた思ってなかったぜ」
「食事とは人生における最も尊い時間なのです。人にとっても神様にとってもそれは同じ事。
ファロ君も神様を目指す身であるならばレッスン!学んでおくとよいでしょう」
ふふんと鼻をならしていかにもな先輩風を吹かせるるりはに、
眉間にしわを寄せ、神様見習いのオオカミ獣人ファロは大きくため息をついた。
妖怪の戦士として毎日血みどろの戦いをしていた時とはあまりに違う生活に、
彼はまだ馴染めずにいた。
妖怪達の争いの果て、道ばたで死にかけていた彼の前に現れたのは一人の少女だった。
「もしもし、私神様なんですけど。良かったら私の手伝いしてもらえません?」
そして彼女の手伝いをするという契約の元、ファロは二度目の人生を歩む事になった。
クンッと鼻を動かし空を見るファロ。
「ご飯食べ終わるまでにはかたしておいてくださいねー」
「わかってらぁ、あ、卵焼き残しとけよ」
「残ってたらわけてあげます」
不敵に笑うるりはにニッと笑顔をみせるファロ。
迫り来る「神喰い」達の無数の影に向かい巨大な刀を引き抜くと、
ファロの頭に角が生え目の色が変化し、衣が戦闘用に替わり燃えはじめる。
「人間共も式神で神を喰らって力を手に入れようなんざ世も末だぜ、
お灸をすえてやるとするか!!」
ファロが刀を構えると刀に目玉が現れ、二対の人魂が現れた。
目玉がなめ回すように『敵』の姿を捉えると人魂がすうとファロの元を離れる。
るりはが猫にタコさんウィンナーをあげた箸ですうっと空を撫で、ファロが刀を大きく振り下ろすと、
人魂が超高速で敵に突撃して爆炎が連続して上がる。
るりはが空を見上げると黒煙を裂いて衣の炎の力で空を舞うファロの姿があった。
ファロは敵の頭を掴み投げつけた相手と一緒に叩き斬り、
衣の炎で焼き尽くしながら次の敵の攻撃をかわす。
宙返りしながら片手を刀から離してグッと握りしめると飛んで来た人魂が槍の形になり、
彼の周囲にいた敵を数体串刺しにして遠ざける。
離れた敵に向かい刀を水平に構えると
「ウォオオオオオオ!!!」
と咆吼一閃、一回転斬りしてまとめて真っ二つにした。
倒した敵の体からあふれ出した邪気がファロに向かい襲いかかる。
彼はそれを一瞥しながら肩に刀を担ぐ。
刀がグバンッと口を開き邪気を一息に吸い込み咀嚼すると飲み込む。
「前菜はこんなもんか、さてっと」
ファロは舌なめずりすると、迫り来る巨大な「神喰い」を睨め上げる。
敵の攻撃を蛇のような動きの蹴りで次々と撃ち落とすファロ。
次々と吐き出される毒虫の群れを人魂を取り憑かせた片手を向けて、
理力の力でまとめて握りつぶす。
逃げようとする敵を空間跳躍で引き寄せて掴むと顔と顔で向かい合う。
敵が凶悪な顔で牙を剥き出しにして吼えかかる、
無数の攻撃の撃ち合いは武芸の演舞のようにも似た様相を放っていく。
時折上がる色とりどりの火花と炎が花火のように散る中を、
気持ちよさそうな顔で伸びをするるりはと猫。
攻撃の回数を徐々にリードしていくファロの刀がついに敵の体に触れた、
その瞬間「神喰い」の体が真っ二つに引き裂かれ、
振り上げられた刀が開けた巨大な口が一飲みにその巨体を喰らう。
げーっぷとゲップをする刀。
「ごっそさん」
ファロは納刀するとるりはの側に飛び降りた。
「あーん」
「ん?なんですか?」
「ご褒美、くれよ卵焼き」
「食べちゃいましたよ?」
「えー!?俺の好物だってしってんだろ!?」
ちゅっと不意打ちでファロに口づけするるりは。
「え、はふ、もぐっ」
「うーそ、嘘ですよ。よくできました、花丸あげちゃいます」
突然口移しで卵焼きを食べさせられ、反応に困りながらファロはそれを飲み込む。
その卵焼きは甘くてほんのり出汁の味も効いていて、
彼女は人間だったら間違いなく良い料亭を持てる腕だろうとファロは思った。ただ。
「性格がなぁ」
「最高でしょ?」
にゃーん
にんまりしながら立ち上がるるりはと彼女に抱えられご満悦な顔の猫。
「まぁ退屈はしねぇわな」
頭をぼりぼりかきながら苦笑いするファロ。
そのほのかに赤らんだ顔を見て心底幸せそうな笑みをみせるるりは。
二人と一匹の旅は続く。




